『サッカー批評』36号
表紙:Jリーグの選手、監督、サッカ関係者ほか
特集:サッカー誌が書かないJリーグ批評
特集の前に掲載されていたのが、イビチャ・オシム前日本代表監督と、セルジオ越後のインタビューでした。
オシムへのインタビュー(文:西部謙司)は、これまでの回顧と今後についてでした。もはや彼の手によって選手が選ばれ、起用されることはありませんが、今後彼が「ある程度の目処はついた」と語るメンバーが、岡田武史によってどのように入れ替わるか、注目したいと思います。
セルジオ越後へのインタビューは(文:宇都宮徹壱)筆者も「こちらは防戦一方」と書いているとおり、彼の意見を一方的に聞かされる内容でしたが、彼が「J1リーグのクラブの数、4チーム減らしてみてください。いい選手はみんなJ1に来るよ。レベル上がるよね」という意見は、傾聴に値すると思います。2010年までにJリーグを36チームにする目標のようですが、18×2よりは14+12+10のほうがまだ、切磋琢磨できそうに思えるのです。
ところで特集の中で、同じ筆者に鬼武健二Jリーグチェアマンが「16チームになったから面白いゲームが増えるというわけでもない。むしろ18でそれをやらないと。18や16ではなくて、もしかして14のほうがいいという意見が出てくるかもしれない」と言っているのも触れておきます。
この特集の中では、いま旬になった人物やクラブの記事が目につきました。J1で優勝したクラブの「鹿島アントラーズの苦悩」(文:元川悦子)と、入れ替え戦で昇格を決めた京都サンガFCの監督の「加藤久からのメッセージ」です。鹿島が今季優勝するに至る過程、加藤の試行錯誤がよくわかりました。
他の特集記事では「海外移籍の現実」(文:山内雄司)が、移籍経験者の廣山望(東京ヴェルディ1969)安永聡太郎と、代理人の田邊伸明を通して問題点を浮き彫りにしていておもしろかったです。
特集以外では個人的に「今井恭司写真館 1985年10月26日 夢の終わりと新たな夢への門出」(文:大住良之)が気になりました。この日はメキシコワールドカップのアジア最終予選での、国立競技場での初戦、木村和司のフリーキックが伝説となった日です。
「この年(1984年)の9月に日韓定期戦で2−1の勝利を得たことで、事態は急変した。木村和司のFKで先制し、水沼貴史が決勝点。日本代表にとって、ソウルで初めての勝利で、協会はもういちど森(孝慈)に指揮をとらせることを決断した」と、この記事にあります。実は小生が初めて見た代表戦がこの試合で、しかも日本が勝ったので「日本って以外と強いんだな」と思ったのでした。そのときのチームは実際に強く、ついに最終予選の韓国との2試合を迎えたのでした。
予選の間たびたび木村のFKが決まるのを見ていたので、小生は前記のFKが決まったときも「決まってあたりまえ」と思っていました。むしろその1点よりも、あと1点いかに取るかが気になっていました。
結局日本はワールドカップに出られず、その後はなぜか弱くなったので、Jリーグの発足までの小生の関心は、毎年の天皇杯の決勝だけになってしまいました。そんなことをこの記事は思い出させてくれました。
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