文化・芸術

2008年1月12日 (土)

開館10周年記念 黒井健絵本原画展 〜クリスマスに贈る心温まる絵本の世界〜

Kuroiken_eki07_leefleta_3  昨年末、JR京都伊勢丹内の美術館「えき」KYOTOに、黒井健の絵を見に行きました。「えき」で彼の作品を見るのは2度目で、最初のときは「猫の事務所」の製作過程についての講演も聞く機会がありました。

 リーフレットにもあるように、古くは新美南吉の Kuroiken_eki07_leefletb_3 「ごんぎつね」「手ぶくろを買いに」の絵本で知られる作者ですが、今回の小生にとっての発見は「ミシシッピ900マイルカヌーの旅」「ふる里へ」などで表現された風景画でした。作者のふわっとした画風が、雲や水蒸気の表現にあっていて、引き込まれそうに感じました。
 また時節柄、サンタクロースについての作品が2種類展示されていました。ひとつは「12月24日」サンタクロースがこの日どんなふうに過ごしているかがわかります。もうひとつは「あのね、サンタの国ではね…」サンタクロースたちが12か月どんなふうに過ごしているかがわかります。
 それから「ころわん」シリーズ。今回初めて知った作品ですが、ころわんの姿が愛くるしく、また「凪工房」作成のフェルトのジオラマが、さらに華を添えていました。

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2007年12月 4日 (火)

アムステルダム国立美術館所蔵 フェルメール《牛乳を注ぐ女》とオランダ風俗画展

The_national_art_center  上野から東京メトロ日比谷線で六本木へと移動、徒歩で国立新美術館へ向かいます。徒歩10分ほどで、この2週間前に亡くなった黒川紀章設計の、曲面ガラスに覆われた建物が見えてきました。
Inside_the_national_art_center_2  この新しい建物の中では、さすがに日本一の広さを誇るだけあって、表題の展覧会ほか、2つの展覧会が開かれていましたが、やはり美術館のはしごはつらく、ひとつに絞ることにしました。

 かつて小生はアムステルダム国立美術館に行ったことがあり、そのときに「牛乳を注ぐ女」を見ているはずですが、残念ながら記憶があいまいです。そのときの小生の関心はブリューゲルにあり、フェルメールにしても「真珠の耳飾りの少女」のあるマウリッツハイス美術館の印象があまりに強く、アムステルダムではレンブラント「夜警」の大きさに圧倒されたことくらいしか印象にありません。現在当美術館が改築中ということで、その至宝のひとつ「牛乳を注ぐ女」が来日したのですが、「夜警」は無理にしても、ほかにもっと借りられなかったのかな、と思いました。きっと入場料は倍になるでしょうけれど。

Vermeer_2 ところで今回の展覧会では、この絵について詳しく分析、紹介しています。概要はこのサイトに書かれていますが、光が当たるパンのあたりが点で描かれていること、左下のテーブルが台形をしていることなど、解説を聞くまでまったく気づきませんでした。

 この絵が展示された先には当時の楽器の展示スペースがあり、同時に「牛乳を注ぐ女」の絵が描かれた部屋が再現されていて、これもおもしろい趣向でした。ただ床の模様が市松になっていたのがめだっていましたが。

 フェルメール以外では、ニコラース・ファン・デル・ヴァーイ「アムステルダムの孤児院の少女」、クリストッフェル・ビスホップ「日の当たる一隅」の、2枚の少女の絵が印象に残りました。

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2007年11月28日 (水)

ムンク展

Img257  東京へ行くとき、まずチェックするのが美術展情報です。今回まずはずせないと思ったのが国立新美術館で、次点が国立西洋美術館でした。帰ってきて気づいたのが出光美術館の「伴大納言絵巻展」だったのですが、もはやあとの祭りでした。
 美術展を1日で2か所廻ると疲れるので、できれば避けたいのですが、Img258翌日が月曜日ではそうせざるをえません。ということでお昼時はまだ混雑が予想される新美術館は避け、まず上野へ向かいました。
 思えば上野では、国立博物館は2年に1度は訪れているのに、西洋美術館は初めてでした。ル・コルビュジエによって造られた建物は、いまや世界遺産の候補です。

 さて、エドヴァルド・ムンクといえば「叫び」ですが、ほかにどんな作品があるのか、というのが見に行こうと思った動機でした。今回「叫び」は来ていませんでしたが、背景におなじフィヨルドを描いた絵がありました。「不安」と「絶望」です。その題のとおり、赤い空と青黒い海を背景とした、明るいとはいい難い絵です。
 ほかに「吸血鬼」という題の絵もあります。実際には男性の首筋に口づけする女性を描いたものです。題はムンク本人がつけたのではないのですが、絵が暗い雰囲気ため、題名のとおりに見えてきます。
 ただムンクの絵は、暗いものばかりではありませんでした。たとえばムンクの愛人をモデルに描いたといわれる「声⁄夏の夜」は、夜にしては明るい背景のもと、にこやかな白い服の女性が印象的です。
 そしてムンクの描いた絵は、キャンバスの上に留まらず、チョコレート工場の食堂、オスロ大学講堂、オスロ市庁舎などの壁画としても残されていました。そういった絵画の下絵も展示されていました。

Western_art ところで西洋美術館といえば、松方コレクションを始めとする洋画を所有することでも知られています。ムンクの絵を堪能した後は、その常設展を見ることにしました。あまたある中で気に入ったのが、オーギュスト・ルノワールのアルジェリア風のパリの女たち「帽子の女」でした。前者は彼の若かりしころの作品で、薄着の少女たちもふくよかな体形はしていません。反対に後者は、前者の30年近く後の作品で、白い服の女性が彼らしい筆遣いで描かれていました。
 ほかにもロダン、ルーベンス、ヴァン・ダイク、モネ、ゴーガンなどの作品があります。常設展としてこれだけの作品を展示できるとは、松方コレクション恐るべし、です。

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2007年11月11日 (日)

特別展覧会 狩野永徳

Kano_eitoku  狩野永徳の特別展を見に、京都国立博物館に行ってきました。奈良では正倉院展が開かれているので、少しは客足も少ないかと思っていたのですが、平日の15時に着いたときには70分待ちの表示が出ていました。5年前の雪舟展でも、こんなに混雑はしていなかったと思います。結局待つこと50分で中へ入れました。天気の日でよかったと心から思いました。

 入ってまず展示されていたのが、永徳の「花鳥図襖」「琴棋書画図襖」続いて永徳の父、松栄の「竹虎図壁貼付」、いずれも国宝です。今年の1月に大徳寺聚光院でお目にかかって以来、10か月ぶりの再会です。で、正直言ってがっかりしました。もちろん永徳の絵にではなく、展示方法にです。
 この襖絵は聚光院の本堂にあたる方丈の襖に描かれていました。襖はいわば間仕切りなので、多くの襖の両面に絵が描かれています。そこで4年前の東京国立博物館では「国宝 大徳寺聚光院の襖絵」展のときに、聚光院の方丈の間取りを再現することで、46面の襖絵をすべて展示していました。(聚光院での花鳥図のようすはこちらで)
 ところが京博ではショーケースの中に納めてしまい、仏間の地袋に描かれた松栄の「蓮鷺藻魚・花鳥図」も省いたため、22面しか公開されませんでした。公開スペースの問題があるのかもしれませんが、せっかく国宝の襖絵の寄託を聚光院から受けているのですから、こうした機会で全面公開しなければ、いつ公開するのでしょう。
 とはいっても永徳の勢いのある筆遣いにケチがつくわけではなく、枝を生い茂らした梅の、曲がった幹に止まった山鵲には、いつもどおり安らぎを覚えました。

 比較という意味で面白かったのが「四季山水図屏風」でした。右隻は狩野元信、左隻は永徳の作と伝えられているものですが、左隻は木や岩の描きかたなどを見ると、やはり永徳が書いたのではないかと思わせられました。また元信のほうがきっちり細部まで描かれているためか、永徳の図と比べて墨の黒さが目立っているのが興味を引きました。

 この展覧会で一番の難所は、「洛中洛外図屏風」でした。手前に展示された松栄の「釈迦堂春景図屏風」のところから、ケースに人が張りついていて、なかなか動きません。周りの客からは、列が動かない、と不満の声も聞えてきましたが、小生はじっくり見たかったので、流れにまかせることにしました。
 よく見ると、人物ひとりひとりの表情から細かく描かれ、部分部分によって季節が描きわけられています。おもな場所には字で地名が記されているのですが、ついついそれが気になって、絵を見ることが疎かになってしまいそうでした。
 米沢市上杉美術館では、この屏風が常設展示されているようですので、機会があればもう一度見てみたいと思います。

 最後の展示室には、国宝「檜図屏風」、宮内庁三の丸尚蔵館所蔵「唐獅子図屏風」がありました。なるほど「檜図」は幹の描きかたや枝ぶりが聚光院「花鳥図」の梅の絵とよく似ています。また「唐獅子図」はその力強さを見るにつけ、俵屋宗達、尾形光琳、坂井抱一が描いた「風神雷神図」を永徳が描いたら、どんな絵柄になっていただろうと考えてしまいました。

 ということで、館内での所要時間は1時間50分。閉館時間の10分前に無事見終わりました。次に花鳥図にお目にかかれるのはいつになるでしょうか?ぜひ常設展でも見せていただきたいものです。

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2007年11月 6日 (火)

フィラデルフィア美術館展

 先々月のことですが、京都でのフィラデルフィア美術館展に行ってきました。前回京都市美術館に来たときに、早々と特別前売券を買っていたのですが、結局見に行けたのは最終週でした。

Img255_2  東京の展示では、ルノアールの「大きな浴女」がクローズアップされているようですが、今回のルノアールの作品では、パンフレットに掲載された「ルグラン嬢の肖像」のほうが好ましく思えました。
 他に少女の絵では、ダニエル・ガーバーの「室内、朝の光」が印象に残りました。太陽光がカーテンを通して降り注ぐ窓辺で、手紙を読む少女の陰影が見事でした。

Img256_2  風景画で印象に残ったのが、まずカミーユ・ピサロの「夏景色・エラニー」。田舎の径を歩く牛たちと牛追いが、のどかさを感じさせてくれます。
 またクロード・モネの「アンティーブの朝」は、地中海を挟んで手前に大きな木、遠くに朝日に照される街並みを描きわけていて、朝のやわらかい光線の様子が伝わってきます。
 さらにポール・セザンヌの「ジヴェルニーの冬景色」。まるで水彩画のように、筆の面を使った描きかたに面白みがありました。

 このほかにもピカソを始めとしたキュビズムの展示で、おなじキュビズムでも色々な描きかたがあることが(いまごろ?)わかりました。

 大阪市の地下街「なんばウォーク」に、シカゴ美術館所蔵のコレクション(のレプリカ)が飾られているのですが、印象派をはじめとした作品群はなかなかの存在感があります。今回フィラデルフィア美術館のコレクションを見るにつけ、アメリカの財力を思い知らされた気がします。

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2007年6月 4日 (月)

ベルギー王立美術館展

Royal_museum_of_fine_arts_of_belgium_1  先週、国立国際美術館に行ってきました。行ったのは平日でしたが、去年のプーシキン美術館展と違ったのは、行列せずに入館できたことです。やはり印象派の絵がないと、観覧客が集まりにくいのでしょうか。

 エスカレータを降りて地下3階へ。真っ先に待ちかまえていたのがピーテル・ブリューゲル[父](?)の「イカロスの墜落」でした。
Royal_museum_of_fine_arts_of_belgium_2いきなりメインディッシュの登場です。 かつて小生は現地の国立古典美術館でこの絵を見たことがあるのですが、まさか日本で見られる機会があろうとは思ってもみませんでした。現地では薄暗いブリューゲル家のコーナーに展示してあった記憶があるのですが、こちらでは明るい場所に展示されています。近景に農夫、遠景に街並みが描かれ、その間の海に浮かぶ大きな帆船の手前に、ろうの翼を太陽に溶かされ海に落ちたイカロスの両足だけを小さく描くことで、よく知られたできごとも庶民にはとるにたらないことである、というメッセージが込められているように思えます。
 ブリューゲルといえば、同美術館収蔵の「ベツレヘムの戸籍調査」のように多くの人がいていろんなことをしている絵が多いのですが、この絵はちょっと印象が異なるように感じました。

 続いてルーベンスやヴァン・ダイクによる大画面の肖像画や、果物や狩りの獲物を描いた静物画が続きます。
 日本でいう明治以降の作品では、写実的に青空と湖畔の夜景を同時に描いたルネ・マグリッタ「湖畔の帝国」、夜の駅の光景で、右下に描かれた白い服の少女が心に残るポール・デルヴォー「夜汽車」、あたたかい光が差す居間で、兄弟らしき少年と少女がカードゲームをしているアンリ・ド・プラーケレール「トランプ遊び」などが印象に残っています。
 その中で今回の発見はエミール・クラウスでした。この展覧会では「陽光の降り注ぐ小道」「太陽と雨のウォータールー橋、3月」の2面が掲げられていますが、印象派の影響をうけた「陽光派」の作家らしく、どちらもモネやシスレーに似たタッチで描かれています。「陽光の〜」に描かれた先頭を歩く牛の頭が、周りの情景から浮き出て見えるのは、なぜなのでしょうか?

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2007年5月20日 (日)

リサとガスパール&ペネロペ展

Gaspard_et_lisa_a_1  またまたあやうく行きそびれるところでした。5月27日で終了する「リサとガスパール&ペネロペ展」を見に、美術館「えき」京都に行ってきました。

 「リサとガスパール」は、絵を担当するゲオルグ・ハレンスレーベンと、文を担当するアン・グッドマンの夫婦によってつくられた、イヌでもないウサギでもない生き物です。小生はこのキャラクター自体は知っていましたが、絵本を夫婦で作っていること、世界のあちこちに行った経験があることや、彼らの性格などは今回初めて知りました。

Gaspard_et_lisa_b  まず新鮮な驚きだったのが、原画が油絵で描かれていたことです。絵本などをよく見れば、なるほどそのとおりなのですが、印刷物だとその質感がわかりにくいため、今まで気づきませんでした。この違いを確かめるだけでも、この展覧会に来たかいがあったというものです。もっとも小生は招待券で入ったのですが。
 絵の描きかたはまるで印象派の絵のようです。ガスパールがモネの絵の中に現れても違和感がなさそうです。
 逆に油絵ゆえに難しいのがキャラクターの描き分けです。スヌーピーでもミッフィーでも、親兄弟との見分けはつけやすいのですが、リサやガスパールはマフラー以外、ほかの家族との区別がつけにくいのが、欠点といえば欠点です。ちなみにリサが顔に布をかぶると、スヌーピーに見えるのは小生だけでしょうか?

 さて、絵本に出てくる彼らは、いろんなところを訪れます。リサの家自体がポンピドゥーセンターの青い管の中に住んでおり(ということは彼女の一家はホームレス?)、ほかにもエッフェル塔や百貨店ギャラリーラファイエット、リュクサンブール公園などパリの名所が出てきて、パリに行ったことのない小生でも旅行気分になれました。
 また彼らはニューヨークやベネチアを訪れ、2004年には日本にまでやって来ました。富士山や鹿苑寺金閣を見たり、ホテルで温水洗浄便座のスイッチを押して水を吹きださせたりしたようすがほほえましげでした。このときのシーンにちなんで、金閣をバックにした記念写真風の原画が展示され、そのリトグラフが75枚限定で販売されていたようですが、すでに完売していました。うーん残念。

 それからペネロペ、彼女はコアラのこどもで、絵本では数の数えかたや、生き物がどんな食べ物を食べるのか、などを覚えていきます。実は驚いたのがペネロペのアニメーション。制作は日本アニメーションだそうですが、ゲオルグ・ハレンスレーベンの油絵の雰囲気を壊さずに動画化されていました。
 出口右側のケースの中に、左右に首を振る人形「ひだまりの民」を油絵の具で塗り、ペネロペに仕立てあげたものがありました。これもなかなかほのぼのしていてよいですね。

 会期が終わると、次は名古屋で7月18日から開かれるそうです。名古屋で青いコアラといえばドアラ。ペネロペがまちがわれないか心配です。

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2007年5月18日 (金)

ギメ東洋美術館所蔵浮世絵名品展

Guimet_ticket_1  またあやうく行きそびれるところでした。5月27日で終了する「フランス国立ギメ東洋美術館所蔵浮世絵名品展」を見に、大阪市立美術館に行ってきました。
 当初この展覧会に関心はなかったのですが、以前新聞で読んだ北斎の肉筆画「虎図」「龍図」が展示されているとテレビで知って、行くことにしたのでした。

 作品はほぼ古い順に、作家別に陳列されていました。18世紀中ごろの作品は黒、赤、黄を主とした色づかい(もとは別の色が褪せたのかもしれません)でしたが、時系列に並べると、次第にカラフルになっていくのがよくわかります。
 また描かれた人物の表情が、初期のころはどの人物もおなじように描かれていたのが、役者絵が普及するとともに描き分けがされるようになり、相撲絵では別の人物であることがはっきりわかりました。
 さらに西洋の遠近法がこのころ浮世絵に影響を与え、「浮絵」と呼ばれたことも初めて知りました。
 ほかに画題について、初期はヨーロッパ絵画のように、歴史上の説話や物語に題材を見つけていましたが、やがて美人画や役者絵などの肖像画、さらには風景画に画題が移り変わっていくのが興味深かったです。

 次に作家別に見ていきます。小生は春信も写楽も歌麿もまったく区別がつかない素人ですが、まず浮世絵の初期の作家、鈴木春信。彼の作品は「風俗四季哥仙 竹間鶯(ちくかんのうぐいす)」のように、細部まで描き込まれたシンプルな構図が印象的でした。
 次に東洲斎写楽と喜多川歌麿。写楽は「嵐龍蔵の金貸石部金吉」に代表される役者絵の、歌麿は美人画の、大首絵(上半身の肖像画)を多く描いたことで知られているそうですが、よく見るとそれぞれの絵の顔の表情が描きわけられていておもしろかったです。歌麿の「北国五色墨  川岸」は、あまり地位が高くない遊廓の女性だそうですが、あたかも表情に彼女の性格が浮かびあがっているようでした。
 そして葛飾北斎。彼の作品は風景画、幽霊画、そして冒頭で採りあげた肉筆画と多岐にわたり、才能の豊かさを知らされた思いです。「龍図」「虎図」に関しては、龍の背景の黒い絵の具の使いかたが、迫力を一層強めているように思えました。ところでよく言われることですが「日本には虎がいないので猫を参考に書いた」という話は、この虎にもあてはまるのでしょうか?虎の表情に怖さが感じられないのです。右隣の龍は、首こそ左下の虎のほうを向けているのですが、視線が虎を見ているようには見えず、もしかして虎を無視してるのかな?とさえ思えてきます。
 最後に歌川廣重。「月に雁」は切手でその図柄を知っていたのですが、こんなに小さな絵であることも、こんなに色彩豊かな絵であることも知りませんでした。
また「近江八景之内 唐崎夜雨」も、web上ではわかりにくいのですが、雨が松にしとしと降る情景が伝わってきました。

 上記のように作品を見て回り堪能しましたが、作品の名前が長いにもかかわらず、館内に出品リストがなかったので、残念ながらほかによかった作品を紹介することができません。それから閉館直前に鳴らす音楽の大きさには閉口しました。選曲には気をつかったのかもしれませんが(ドヴォルザーク・交響曲第9番第2楽章)はやく出ていってくれ!という美術館のかたがたの気持ちがひしひしと伝わってきました。しかも音が割れてるし。

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2007年5月14日 (月)

大エルミタージュ美術館展

 あやうく行きそびれるところでした。5月13日で終了した「大エルミタージュ美術館展」を見に、京都市美術館に行ってきました。

 実は小生は以前、サンクトペテルブルグのエルミタージュ美術館に行ったことがあるのですが、ネヴァ川のほとりにたたずむ、かつて冬宮であったその建物の豪華さに目を奪われたのか、絵画の印象がまるで残っていません。そこで復習もかねて、京都市美術館まで出かけたのですが、昼過ぎまで家でぐずぐずしていたので、たどり着いたのが閉館35分前。駆け足での観覧となってしまいました。

Hermitage_panfleta_1  情けないことに展示作品を見るかぎり、以前見た覚えのあるものはひとつもありませんでした。パンフレットやチケットに載っているゴーギャンの「果実を持つ女」くらい記憶の片隅にあってもよさそうなものです。まあゴーギャンにあまり興味のない小生には、ゴーギャンの絵はどれもおなじに見えてしまいますが…。
 作品の内容を見ると、日本人好みとされる画家のものは印象派を中心に、ゴーギャン、ルノワール、ピカソ、マティス、モネ、シスレー、ローランサンあたりが展示されていました。小生はルノワールもモネもシスレーも好きなのですが、展示作品はいまいち印象に残りませんでした。むしろ写実的な作品や逆光をうまく使った風景画など、無名な小生が名前を知らない作家の作品を見つけることができたのが収穫でした。

Hermitage_panfletb  始めに目に留まった作品は、ルートヴィヒ・クナウスの「野原の少女」でした。花を摘む少女が描かれいるのですが、濃い緑の草花の中に身に着けたブラウスが白く浮かびあがっていました。
 その近くには、フランソワ・フラマンの「18世紀の女官たちの水浴」「フォンテンブローの森でのナポレオン1世の狩り」(なぜかこれだけ画像がありません)がありました。陰影をくっきり描くことであたかも写真のように描かれた背景の構築物や裸婦の姿、逆光の中輪郭が浮かびあがった犬たちの姿、どちらもインパクトがありました。
 逆光を活かした作品ではほかに、ギョーム・ヴァン・デル・ヘキトの「ケニルワース城の廃虚」があげられます。風景の手前は曇りで暗く、奥の雲の切れ間から大きく光が差し込み、霧にかすんだ廃虚がシルエットとなって浮かびあがっていました。

 この展覧会の後半には、都市の風景が描かれた絵が集められていました。特にヴェネツィアの風景画がいくつも集められていたのは壮観でしたが、見るべき絵は他にもありました。
 オスヴァルト・アヘンバッハの「ナポリ湾の花火」は、おそらく夜景ということばが生まれたころのかすかな街あかりの中、花火とそれに照された建物が中央奥に描かれ、手前にはうっすらと、それをながめる人たちを描き入れていました。
 また今回一番の発見は、ベルナルド・ベロットのふたつの作品「エルベ川から見たピルナの風景」「ゼーガッセから見たドレスデンの旧市場」でした。どちらも極めて写実的な絵で、「ピルナの風景」は、おそらく時間は夕刻、赤みを帯びたやわらかな光に照された川沿いの建物がくっきり描かれ、水面にはそれが逆さに写されています。「ドレスデンの…」は、建物に囲まれた大きな広場の奥に密集した、多くの人たちが印象的でした。この2枚の絵の絵はがきがなかったのは、大変残念でした。

 最後の最後に待ちかまえていたのが、アンリ・ルソーの「リュクサンブール公園、ショパン記念碑」でした。背景の植物は、黄色と濃い緑を主としたルソーならではの描きかたです。周囲の径にたたずむ人物はほとんどが真横を向いており、遠くの人物は遠近感を無視したような描かれかたです。小生の好みとはいえ、写実的な絵が続いた最後に、素朴派、税関吏ルソーの絵を見てほっとしたのは、小生だけではないはずです。

 なおリンクした画像は、すべてエルミタージュ美術館のサイト内のものです。

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2007年4月 7日 (土)

特別展 レオナルド・ダ・ヴィンチ−天才の実像

 東京に来たときは、上野のカプセルホテルに宿泊し、翌朝は「喫茶室ルノワール」でモーニングセットをいただくのが習わしです。そして空いているうちに公園の美術館へ…。ということで、上野公園へ行ってきました。
Ueno_park しかしきょうの上野公園はいつもと様子がちがっていました。上野公園口の交差点から、桜並木が北へ続いていますが、その花がまさに満開だったのです。しかもきょうは日曜日、並木の下にはビニールシートが敷かれ、寝袋がころがっています。歩いている花見客も日本人だけではなく、アジア系、ヨーロッパ系など多国籍でした。桜のトンネルを抜け、大きな噴水の脇を通ると、正面にあるのが東京国立博物館。目的はレオナルド・ダ・ヴィンチの「受胎告知」です。

Leonardo_da_vinci_ticket_5  この絵が東京に来ていると聞いたとき、正直なところ、それほど興味は湧きませんでした。小生はフランスには行ったことがなく、イタリアはクロアチアへの行き帰りに通っただけであり、イタリア絵画に親しむ機会がほとんどなかったからです。しかしNHKニュースで「モナ・リザ」以来33年ぶりだなどと煽られ、さらにこの時期東京の美術館ではほかに見るものがなかった(オルセー展は神戸で見学ずみ)ので、見てみる気になったのです。

 国立博物館には開館時間の9時半より10分前に着いたのですが、すでにチケット売場には列ができています。午後の法事に間にあわせるには、遅くとも正午にはここを出なくてはなりません。もし時間がかかった場合「受胎告知」だけに絞って見ることも覚悟しなければならないでしょう。
Tokyo_national_museum  チケット購入し、きっぷの確認を受けながら門をとおります。いつもならば特別展は左奥の平成館で開かれているのですが、きょうの列は右の東洋館の前を廻って、正面の本館へと続いていました。本館での特別展示を見るのは今回が初めてで、「受胎告知」がより特別なものであることがひしひしと伝わってきます。本館前の満開の枝垂桜を眺めながら待つと、10時ごろには建物の中に入ることができました。
 中で検札を受けると、次に待ちかまえていたのは金属探知器で、航空機に搭乗するときのようなチェックを受けました。国際的な重要美術品にはテロや盗難の危険がある、ということでしょうか。小生の凶器は無事見つかることもなく、奥の「特別5室」と呼ばれる部屋の、第1会場へと進むことができました。
Annunciazione  NHKの報道では、「受胎告知」にたどりつくまで蛇行しながらスロープを進むと、だんだん作品が上のほうから見えるようになっている、とのことでしたが、少々たっぱのある小生には、最初から丸見えでした。遠目から見ると、左側の天使ガブリエルの肩のあたりが、より浮き出て見えました。そして本館入口のビデオ解説でもあったとおり、ガブリエルと右側のマリアの間には、遠景として山並みが描かれ、中央が遠く周りが近い遠近法を採っていることが理解できました。
Annunciazione_parts  残念だったのは、この絵の詳しい解説が第2会場にあり、それを先に見ることができなかったことです。その解説に近いものが展覧会公式サイトに掲載されていますので、これだけでもプリントアウトして、並んでいる間に見ることをお勧めします。
 さて列がだんだん絵に近づいてきたので、最後のカーブで小生は一番アウトコースに張りつきました。このまま列を死守すれば、絵を至近で見ることができます。辛抱強く待った結果、レオナルドの絵の遠景や、白ユリなど細部を、凶器で傷つけられる距離で目に焼きつけることができました。
 ところで絵の近くに来ると「立ち止まらないでください」という警備員さんの声を聞くことができますが、その様子はレーニン廟や毛主席記念館の遺体(ろう人形?)の見学を連想させてくれました。

Chojujinbutsugiga_running  そういえばせっかく本館にいるのですから、日本ギャラリーはすぐです。東博のサイトで、今は「鳥獣人物戯画巻 甲巻」が展示されていることは下調べ済みです。そこで2階へと上がり、展示室をめざしました。国宝室にそれはありました。
Chojujinbutsugiga_sumo  この絵巻のオリジナルを見るのは、おそらく初めてのはずですが、登場しているうさぎ、さる、かえるが実にいきいきと描かれていました。と、きっとどの解説書にも書かれているでしょう。小生が驚いたのは、絵を構成している滑らかな墨の曲線を、修正ホワイトもアドビ・イラストレーターの消しゴム機能もない時代に、よく失敗もなく描けるものだということです。日本マンガの原点ともされるこの絵に敬意を表し、この部屋を去ることにしました。

 次に足を運んだのは、地階のミュージアムショップでした。目的は「鳥獣物戯画」と「受胎告知」の絵はがきです。
 ところがこの店のには「受胎告知」の部分の図柄はあっても、全体の図柄は見あたりませんでした。しかたなく部分が拡大された絵はがきと、全体が写されているグリーティングカードを、「鳥獣人物戯画」の絵はがきとともに購入しました。

 再び1階に戻り本館を出て、平成館の第2会場へ進みます。ところがあまり時間がありません。必然的にかけあしでの観覧になります。ゆえにこの会場について語るのは控えさせていただきます。
 平成館2階には、特別展のときにはいつでも売店ができます。絵はがきも取り扱っていますが、どうせミュージアムショップと同じだろうと思いながらものぞいてみると、なんと全体図の絵はがきがあるではありませんか。やはり念には念を入れて見ておくべきですね。小生は急いで会計をすませました。
 ということで小生は満足し、上野駅から法事へと向かったのでした。

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2007年1月22日 (月)

大徳寺 聚光院

Kyonofuyunotabi_2 1月8日(土)は京都の冬の観光キャンペーン「第41回京の冬の旅」の初日でした。3月18日(日)までの期間中、非公開文化財の特別公開が行われます。そこで大徳寺の聚光院へ行ってきました。
 ここ聚光院は、小生が学生のとき、京の冬の旅の期間中に案内係をした場所でもあります。方丈にはおよそ400年前に描かれた狩野松栄、永徳親子による国宝の水墨の襖絵と、重要文化財の茶室が2つ残されています。

 門をくぐり受付で拝観料600円を支払い靴を脱ぎ、方丈へ上がります。床から靴下を介して足に冷たさが伝わり、20年前の記憶が甦ってきます。中はまだ初日だというのに個人客でにぎわっていました。

 これまでの「冬の旅」では学生が案内係をしていましたが、今回は年配のかたがたが担当しています。小生はもちろん襖絵や茶室を見にきたのですが、経験上どうしてもガイド内容が気になってしまいます。以前訪れたときに「室中の間」の「花鳥図」の解釈が、四季がある、から、冬がない、に変わっているのは知っていましたが、今回上がってすぐの「礼の間」の狩野松栄筆「瀟湘八景図(しょうしょうはっけいず)」の八景のうち「4つくらいしかわからない」と案内されていたのに驚きました。
 解釈の違いもあるかもしれませんが、あらためて八景を探そうとしたところ、20年前よりも色が薄くなっているのです。特に庭側つまり左から3面めの中ほどに山があり、その上20cmくらいのところに金泥で囲まれた丸、つまり月が現され、八景のひとつ「洞庭秋月」を表現していたはずなのですが、今はほとんどわかりません。そういえば「花鳥図」でも仏間の右側の鶴の上に金泥の剥落がありますが、これもかつてはありませんでした。

 この特別公開の期間が終わるとここの襖絵は京都国立博物館に寄託されるのですが、英断だと思います。400年前の文化財を我々の代で破壊する権利はありません。俗な言いかたですが、かつては「モナ・リザ」来日の返礼としてフランスに行った名画です。聚光院で原画が見られる最後の機会、今回は土曜日でもあり落ちついて見られなかったので、もう一度すいている平日に訪問し、見とどけようと思います。

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2006年11月18日 (土)

特別展 仏像

Butsuzo2_5Butsuzo1_3 千葉でサッカーを堪能した翌日、国立博物館へ行ってきました。午前10時の上野公園は、 見学の小中学生が増殖しはじめていました。彼らの目的は、上野動物園と国立科学博物館のようです。そして国立博物館へ行く人たちは、ほかよりも年齢層がかなり高めでした。
 東京の国立博物館を訪れるのは、前回にも書いた大徳寺聚光院の襖絵が、平成館で展示されていた、3年前の秋以来です。今回の平成館での催しは「仏像」、一木造りの仏像の特集です。

 小生の目的は、11月7日から展示された向源寺の十一面観音と、江戸時代の仏師、円空と木喰の刻んだ仏たちです。正直なところ、入館前はあまり期待していなかったのですが、博物館を出るときには2,500円の図録を手にし、帰阪してからは、この特別展を採りあげた「芸術新潮」11月号(1,500円)を購入してしまうほどはまってしまったのでした。
 展示はほぼ時系列でした。意外に多くの来館者(拝観者?)がいましたが、平日でもあり、見るのに困るほどではありませんでした。印象に残った仏さまを順に書きだしてみます。

Kannon_kaijusanjiKannon_tnm_1◦1.十一面観音菩薩立像(東京国立博物館)
 藤原鎌足の長男、つまり藤原不比等の兄、定恵が唐から持ち帰ったとされる観音様です。少々頭でっかちのお顔はインド風。身につけた飾りが非常に細かいのに驚かされます。中国みやげで、球が幾重にも重なった象牙細工がありますが、それを思わせます。

◦4.十一面観音菩薩立像(奈良国立博物館)
 白檀でできた日本製の仏像では、日本最古だそうで、檀像らしく体が赤みを帯びています。腰をわずかに左に入れた姿に気品があり、飾りや衣の流れもはっきりとしていてきれいです。頭上面の表情がはっきりしていて、特に後頭部の面はおっさんが笑っています。

◦17.弥勒仏坐像(奈良・東大寺)
 三月堂のご本尊、不空検索観音の背後に、こんな仏さまが安置されてるなんて知りませんでした。こんど三月堂に行っても、暗い堂内ではこんなにはっきりとは見られないでしょう。東大寺を開いた良弁(ろうべん)僧正の念持仏と伝えられているそうです。「試みの大仏」と呼ばれているそうですが、それにしても頭デカっ!

Kannon_kogenji◦21.十一面観音菩薩立像(滋賀・向源寺)
 仏像に関心がある人なら、だれもが知ってる観音様で、館内ではいちばん人だかりがしていました。これまで門外不出だったのですから、それも当然でしょう。右の絵はがきからの画像では、大きさがわかりにくいかもしれませんが、194cmの大きな像です。腰を左に入れた、均整のとれた姿。左右に垂れる衣の流れ。落ちついた顔立ち。期待を裏切りませんでした。そして頭上面の表情も豊かです。正面むきの3面がすましているのに対し、右三面は怒り、左三面はキバをむいています。そして後ろの一面は大笑いしています。
 滋賀に戻られても、こんなに自由には見られないかもしれません。その姿をしっかりと目に焼きつけてきました。

Hoshiosho◦42.宝誌和尚立像(京都・西往寺)
 ご記憶でしょうか、7月の京博以来、今年2回目のご対面です。この間はあまり気にかけなかったのですが、体中にノミの跡をつけた、鉈彫が施されています。鉈彫の像は関東が中心なのですが、この像もかつては伊豆にあったそうです。実は帰ってから図録を見て気づいたのですが、異様な正面からの姿にとらわれがちなこの像、横から見た表情は、たいへんおだやかな笑みをたたえているのです。それを確かめられる3回目はいつ訪れるのでしょうか?

Enku_koka127◦44.善女龍王立像(岐阜・高賀神社)
 45.十一面観音菩薩立像(岐阜・高賀神社)
 46.善財童子立像(岐阜・高賀神社)
 円空作の仏像です。丸太を縦に3等分し、その素材をそのまま活かして造られています。ここまで見てきた仏像は、三十二相八十種好という仏の特徴を、できるだけ表現したものでしたが、円空仏は、彼の心の中に浮かんだ姿を、そのまま表現したように感じます。素朴ですが、単純に彫られただけのはずの表情が、なぜか豊かに感じるのです。この中尊の衣が、まるで竜のうろこのように表現されているのも印象的でした。
 それにしても円空仏って、アメリカのアニメーション「サムライ・ジャック」に出てきそうな造形ですね。

Mokujiki_kokuriyama◦63,三十三観音菩薩坐像(新潟・小栗山木喰観音堂)
 64.行基菩薩立像(新潟・小栗山木喰観音堂)
 65.大黒天像(新潟・小栗山木喰観音堂)
 木喰作の仏像です。観音の姿は、三十三間堂のように千手観音ばかり並べているのではなく、如意輪観音あり、馬頭観音あり、六臂のものありと様々です。そして表情も笑みを浮かべたものが多く、安らぎを感じます。一本の銀杏の木から3週間で作り出したというのが信じられません。右の画像は中尊の如意輪観音と行基菩薩、大黒天です。
 円空が「角」なのに対し、木喰は「丸」というイメージがぴったりですね。

Koun_roen 仏たちに癒されて、疲れも覚えたのですが、ここはもう一踏ん張り、本館の常設展示を見に行きました。残念ながらお目当てのものは、雪舟も等伯も永徳も光琳も出ていませんでしたが、高村光雲の「老猿」の迫力ある造形が印象に残りました。明治時代の作品ですが、もう重要文化財に指定されているのですね。
 帰宅してから「仏像」の図録を見て驚いたのが、一木造りの流れを受けたものとして、この「老猿」が採りあげられていたことです。「仏像」展を見た小生が「老猿」に引かれたのも、自然なことなのかもしれません。

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2006年11月13日 (月)

アンリ・ルソーと素朴派、ルソーに魅せられた日本人美術家たち

Rousseau_setagaya2Rousseau_setagaya1_4 東京へ行ってきました。

 初日訪れたのは世田谷美術館でした。羽田空港から京急蒲田、徒歩でJRと東急の蒲田へ。蒲田から多摩川経由で自由ケ丘で寄り道、そして二子玉川経由で田園都市線用賀駅へとたどり着いたのですが。ひょっとしたら京急で鮫洲へ出て、大井町から東急を使ったほうが楽だったかもしれません。用賀からは住宅街の遊歩道をくねくね歩き、都立砧(きぬた)公園へ。その公園の中に美術館はありました。

 館内のビデオや説明書きによれば、ルソーの描く人物(生物も?)が、正面、もしくは真横向きしか描かれていなかったり、空間が平面的に感じるのは、彼が40歳すぎまで税関に勤務する素人画家で、絵の専門教育を受けていないからだそうです。そう指摘されるまでは気づきませんでしたが、彼の独特の世界は、彼の経歴によるところが大きかったのですね。
Img118 今回の作品展での彼の代表作は、個人蔵の「熱帯雨林、オレンジの森の猿たち」と、世田谷美術館蔵の「サン・ニコラ河岸から見たサン・ルイ島」になるでしょう。特にパンフレットやチケットに印刷されている猿の絵は、木々の濃淡のある緑の色づかいとオレンジ色のコントラストがきれいでした。
Img119
 そしてこの絵にヒントを得て描かれたのが靉嘔(あいおう)の「ルソーの森の考える虹猿」です。構図は同じ、けれども靉嘔の手にかかると虹色に染められ、ルソーの世界もだいぶ印象が違ってきますね。
Img120 このほかにもルソーに影響されて、またはルソーを題材にして描かれた作品が多く展示されていました。右は島根県立美術館蔵の岡鹿之助「古港」です。曲線の描き方や影のグラデーションに、ルソーの影響が現れているように思います。 

 ところで日本の画家に多様な影響を与えたルソーですが、前出の猿の絵を見て連想したのが、大徳寺聚光院所蔵の狩野松栄作「竹虎遊猿図」のうち「遊猿図」でした。ルソーと同じく遠近感なし、猿の絵は中国の猿なので、写生ではなく作者の想像。ルソーの絵は浮世絵の影響を受けているという話があります。フランスのルソーが日本画の影響を受け、ルソーの絵が日本の画家に影響する。スケールの大きな話です。
 ちょうど聚光院はいま特別公開中です(19日まで)。息子の永徳の絵に圧倒されがちですが、よかったら日本のルソー(言い過ぎ?)も見にいってはいかがでしょう?

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2006年11月12日 (日)

オルセー美術館展

Musee_d_orsay1Renoir_4 東京に行く前日、神戸市立博物館に行ってきました。こちらでは来年の1月8日まで、オルセー美術館展が開かれています。ちなみにこの後東京都美術館で、1月27日から4月8日まで催されるようです。
 オルセー美術館といえば、パリにある駅舎だった建物を利用した美術館で、19世紀の印象派の作品を収めていることで知られています。著名な作家の作品が来ているようですが、その質やいかに?

 展示スペースに入って、真っ先に目についたのが、丸顔の優しげな少女の絵、ピエール・オーギュスト・ルノワールの「ジュリー・マネ」でした。この子の叔父が、右のパンフレットの絵を描いたエドゥアール・マネ、そしてこの子の母親が、その絵に描かれたベルト・モリゾです。やはり血筋は争えないですね。

Monet 続いて風景画を集めた展示スペースでは、クロード・モネの「アルジャントゥイユの船着場」が目を引きました。この雲の浮かぶ様子は、印象派独特ですね。モネの作品はほかにも「ルーアン大聖堂」がありました。
 風景画にはいくつか点描画が掛けられていましたが、とくに印象に残ったのが、ポール・シニャックの「レ・ザンドリー、河堤」でした。水面に映る木々が美しく、中央の釣をしていると思われる人物が妙に存在感がありました。絵はがきが無かったのが残念です。

 そのほか、不思議な雰囲気を持っていたのが、ペリッツァ・ダ・ヴォルペードの「死せる子供(あるいは夭折の花)」でした。葬儀に参列する白い服の女性たちと、それを囲む子供たちのシルエットが、厳粛さと神々しさを醸し出していました。

Moreal_1 そしてギュスターヴ・モローの「ガラテア」です。黒っぽい背景に、木に寄りかかる白い肌の乙女ガラテアと、その様子を見つめる巨人ポリュフェモスが描かれています。ギリシャ神話が題材ですが、現代のファンタジーの挿し絵としても、充分通用します。ほかにも、古さを感じさせないファンタジックな絵があり、おもしろかったです。

 このほかにもゴッホ、ミレー、ゴーギャンなど印象派の作品を中心に、陶器や写真なども展示されていました。

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2006年9月 6日 (水)

プラド美術館展

Img103_2 大阪市立美術館にいってきました。

 ロンドンのナショナルギャラリー、パリのルーブルとともに3大美術館に数えられるマドリードのプラド美術館。その作品が東京に続き、大阪にやって来ました。
 この美術館はエル・グレコ、ベラスケス、ゴヤのコレクションで知られていますが、今回はエル・グレコ4点、ベラスケス5点、ゴヤ7点をはじめ、スペイン、イタリア、フランドルの巨匠の作品81点が来日しました。館内ではそれを、ほぼ時系列で展示しているのですが、その印象を書いていきます。

Img104 まず小生の目をひいたのが、ジュゼッペ・デ・リベーラの「聖アンデレ」です。この年老いた男性が上半身裸で描かれているのですが、その腹部のしわが極めてリアルに描かれていて、見る者に人間の老いを感じさせます。

 続いてはバルトロメ・エステバン・ムリーリョの作品のうち2点、「エル・エスコリアルの無原罪の御宿り」「貝殻の子供たち」です。前者は幼き聖母の顔だちが、日本人でもいそうな表情に見えて印象に残っています。後者(パンフレット表紙の絵)はイエスとヨハネを幼子の姿で描き、左のイエスの表情がとても利発そうに表現されているのが印象に残りました。

Img105_1 さて、ぺーテル・パウル・ルーベンスといえば、日本では「フランダースの犬」のネロが尊敬した画家としても知られていますが、その柔らかい曲線を用いた作品に、小生は暖かさを感じます。今回来日した3つの作品の中では「ヒッポダメイア(デイダメイア)の略奪」に表情の豊かさと動きを感じました。

Img106 最後にフランシス・デ・ゴヤの作品がまとめて展示されていました。中でも「トビアスと大天使ラファエル」は、ラファエルのあまりの神々しさに、思わずキリスト教に入信したくなります。

 ところで小生はおととし、一度プラド美術館を訪れたことがあります。しかし恥ずかしいことに、その時は事前に国立ソフィア王妃芸術センターでパブロ・ピカソの「ゲルニカ」などを見ており、さらにプラド美術館ではゴヤの「着衣のマハ」「裸のマハ」やヒエロムニス・ボスの「快楽の園」などに気をとられていたためか、今回来日した作品は、ほとんど印象にありませんでした。今回の来日展は、そのよい復習になりました。

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2006年8月25日 (金)

特別展覧会 美のかけはし 再訪

 京都国立博物館に、再び行ってきました。

 以前にも書いたとおり、「特別展覧会 美のかけはし」では、8月7日の休館日に一部展示替えを行っており、日本史の教科書に必ず載っている「源頼朝像」をはじめ、19点が新たに展示されます。果たして再訪の価値はあったのでしょうか?

 前回は土曜日にもかかわらず、けっこう空いていましたが、今回は終了3日前とあって、平日でも前回より多くの来館者が訪れていました。ただこちらも2回目なので、前回もあった展示物は多くをはしょって体力を温存することができます。

Img093_1 その中でまず目を引いたのが、土佐光吉筆「源氏物語画帖」でした。屏風状に折りたためる画帖の、右には金銀砂子で装飾された紙に、源氏物語の筋が後陽成天皇らによって書かれています。左には土佐光吉らにより、建物の斜め上から俯瞰した大和絵が、土佐派らしく細密に描かれています。

 そして入口裏の大きな展示室には、雪舟の「天橋立図」、俵屋宗達の「風神雷神図屏風」などと入れ替わ