
千葉でサッカーを堪能した翌日、国立博物館へ行ってきました。午前10時の上野公園は、 見学の小中学生が増殖しはじめていました。彼らの目的は、上野動物園と国立科学博物館のようです。そして国立博物館へ行く人たちは、ほかよりも年齢層がかなり高めでした。
東京の国立博物館を訪れるのは、前回にも書いた大徳寺聚光院の襖絵が、平成館で展示されていた、3年前の秋以来です。今回の平成館での催しは「仏像」、一木造りの仏像の特集です。
小生の目的は、11月7日から展示された向源寺の十一面観音と、江戸時代の仏師、円空と木喰の刻んだ仏たちです。正直なところ、入館前はあまり期待していなかったのですが、博物館を出るときには2,500円の図録を手にし、帰阪してからは、この特別展を採りあげた「芸術新潮」11月号(1,500円)を購入してしまうほどはまってしまったのでした。
展示はほぼ時系列でした。意外に多くの来館者(拝観者?)がいましたが、平日でもあり、見るのに困るほどではありませんでした。印象に残った仏さまを順に書きだしてみます。

◦1.十一面観音菩薩立像(東京国立博物館)
藤原鎌足の長男、つまり藤原不比等の兄、定恵が唐から持ち帰ったとされる観音様です。少々頭でっかちのお顔はインド風。身につけた飾りが非常に細かいのに驚かされます。中国みやげで、球が幾重にも重なった象牙細工がありますが、それを思わせます。
◦4.十一面観音菩薩立像(奈良国立博物館)
白檀でできた日本製の仏像では、日本最古だそうで、檀像らしく体が赤みを帯びています。腰をわずかに左に入れた姿に気品があり、飾りや衣の流れもはっきりとしていてきれいです。頭上面の表情がはっきりしていて、特に後頭部の面はおっさんが笑っています。
◦17.弥勒仏坐像(奈良・東大寺)
三月堂のご本尊、不空検索観音の背後に、こんな仏さまが安置されてるなんて知りませんでした。こんど三月堂に行っても、暗い堂内ではこんなにはっきりとは見られないでしょう。東大寺を開いた良弁(ろうべん)僧正の念持仏と伝えられているそうです。「試みの大仏」と呼ばれているそうですが、それにしても頭デカっ!
◦21.十一面観音菩薩立像(滋賀・向源寺)
仏像に関心がある人なら、だれもが知ってる観音様で、館内ではいちばん人だかりがしていました。これまで門外不出だったのですから、それも当然でしょう。右の絵はがきからの画像では、大きさがわかりにくいかもしれませんが、194cmの大きな像です。腰を左に入れた、均整のとれた姿。左右に垂れる衣の流れ。落ちついた顔立ち。期待を裏切りませんでした。そして頭上面の表情も豊かです。正面むきの3面がすましているのに対し、右三面は怒り、左三面はキバをむいています。そして後ろの一面は大笑いしています。
滋賀に戻られても、こんなに自由には見られないかもしれません。その姿をしっかりと目に焼きつけてきました。
◦42.宝誌和尚立像(京都・西往寺)
ご記憶でしょうか、7月の京博以来、今年2回目のご対面です。この間はあまり気にかけなかったのですが、体中にノミの跡をつけた、鉈彫が施されています。鉈彫の像は関東が中心なのですが、この像もかつては伊豆にあったそうです。実は帰ってから図録を見て気づいたのですが、異様な正面からの姿にとらわれがちなこの像、横から見た表情は、たいへんおだやかな笑みをたたえているのです。それを確かめられる3回目はいつ訪れるのでしょうか?
◦44.善女龍王立像(岐阜・高賀神社)
45.十一面観音菩薩立像(岐阜・高賀神社)
46.善財童子立像(岐阜・高賀神社)
円空作の仏像です。丸太を縦に3等分し、その素材をそのまま活かして造られています。ここまで見てきた仏像は、三十二相八十種好という仏の特徴を、できるだけ表現したものでしたが、円空仏は、彼の心の中に浮かんだ姿を、そのまま表現したように感じます。素朴ですが、単純に彫られただけのはずの表情が、なぜか豊かに感じるのです。この中尊の衣が、まるで竜のうろこのように表現されているのも印象的でした。
それにしても円空仏って、アメリカのアニメーション「サムライ・ジャック」に出てきそうな造形ですね。
◦63,三十三観音菩薩坐像(新潟・小栗山木喰観音堂)
64.行基菩薩立像(新潟・小栗山木喰観音堂)
65.大黒天像(新潟・小栗山木喰観音堂)
木喰作の仏像です。観音の姿は、三十三間堂のように千手観音ばかり並べているのではなく、如意輪観音あり、馬頭観音あり、六臂のものありと様々です。そして表情も笑みを浮かべたものが多く、安らぎを感じます。一本の銀杏の木から3週間で作り出したというのが信じられません。右の画像は中尊の如意輪観音と行基菩薩、大黒天です。
円空が「角」なのに対し、木喰は「丸」というイメージがぴったりですね。
仏たちに癒されて、疲れも覚えたのですが、ここはもう一踏ん張り、本館の常設展示を見に行きました。残念ながらお目当てのものは、雪舟も等伯も永徳も光琳も出ていませんでしたが、高村光雲の「老猿」の迫力ある造形が印象に残りました。明治時代の作品ですが、もう重要文化財に指定されているのですね。
帰宅してから「仏像」の図録を見て驚いたのが、一木造りの流れを受けたものとして、この「老猿」が採りあげられていたことです。「仏像」展を見た小生が「老猿」に引かれたのも、自然なことなのかもしれません。
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