日記・コラム・つぶやき

2007年5月31日 (木)

もようがえ

 あす、改装します。
 「ちん・かん・かん」というのは中国語で請看看(どうぞ見てください)の音をあてたタイトルでしたが、このブログが1年5か月続き、書く内容もはっきりしてきましたので、タイトルを変更し、あわせて模様替えも試みることにしました。もし継続して読んでくださっているかたがいらっしゃったら、今後ともひき続きお見知りおきをお願いいたします。

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2007年4月 2日 (月)

支離滅裂

 沖縄旅行のことを書きかけていますが、この金曜から日曜まで新潟と東京に行ってきました。さらに読み終わった雑誌も溜まっています。そこで、しばらくは速報性の高い順に記述することをお許しください。

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2007年1月13日 (土)

再開1周年

拝啓 時下寒冷の候、ますますご健勝のこととお慶び申しあげます。
 さて昨年の1月12日に、このブログを再開してから1年が経過しました。この間、最低1週間に1回は(ズルをしたところもありますが)記事を更新することができたのも、みなさまにこのつまらないブログを見ていただいたおかげです。ありがとうございました。一度は放り出したのに、よく続いたもんだと自分でも思います。
 今後は、旅行関連の過去のこと、特に海外ネタと鉄道ネタを充実させようかと考えています。言うまでもなくブログとはウェブ上のログ(日記)のことで、現在のことを書くには適していますが、過去のことを違和感なく書くのは難しそうです。いまいかに料理しようかと思案中でございますが、あたたかく見守ってやってください。
                               敬具
 

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2006年11月24日 (金)

橈骨神経麻痺

 東京に行った初日の夕方、フクダ電子アリーナでの試合を観るため、京葉線の快速で東京駅から蘇我駅へとむかいました。東京駅では無事座席にありつけ、サッカー新聞「エル・ゴラッソ」を広げて、今日の千葉vs.札幌のゲーム予想を読んでいました。ところが、その日の朝は2時間しか睡眠をとっていなかったため、東京駅を出るとすぐに眠りに落ち、葛西の観覧車にも、舞浜の賑わいにも気づきませんでした。
 途中一度目が覚めた時、なんか左手がしびれてるなぁ、と思いながらも、再び睡魔に襲われ、目が覚めた時は千葉みなとを過ぎていました。
 そのとき左手のひじから下がしびれているのがはっきりわかりました。それも血の巡りが悪いときのしびれとは違い、肘の少し右側から親指にかけてのあたりが部分的にしびれています。そして手首に力が入らず、思うように新聞のページをめくることができません。財布のファスナーを開けるのも、ペットボトルの栓を開けるのも、カメラを構えるのも、靴ひもを結ぶのにも難儀するありさまです。

 翌日晩に帰阪し、翌々日と日が経つにつれ、少しずつ症状はましになっていきましたが、やはり多少不安です。そこで数年ぶりに保険証を使うことにしました。家から徒歩3分の整形外科で診てもらった結果「橈骨神経麻痺(とうこつしんけいまひ)」と診断されました。
 肩の下あたりを圧迫し続けると、このような症状になることがあるそうです。そういえば電車で座っているときに、左側のひとの肩が当たっていたような、ないような…。なにしろ小生の胴は長いので…。
 この麻痺は、男性が女性に腕まくらをして寝た翌朝になることがあることから、別名「ハネムーン・パラリシス(新婚麻痺)」というそうです。どうせ麻痺するなら、こういう色っぽい理由でなりたかったなぁ。ただ麻痺がきついと、難しい手術をしなくてはならないそうで、そうならなくて本当によかったと心から思います。

 症状が出てから3週間たちました。今でも親指と人差し指に軽いしびれが残り、醤油さしを傾けるときなど、多少ぎこちなくはなりますが、生活に支障はない程度には回復しました。橈骨神経麻痺については、こちらのサイトに詳しく書かれていますので、関心のあるかたはどうぞ。

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2006年6月30日 (金)

デジタルカメラを買う

 以前からこのブログを読んでいただいているかた(いるのかな?)はお気づきかもしれませんが、富山、黒部を廻ったときの写真は、いつもの携帯電話のものではありませんでした。実は出かける前日に、デジタルカメラを購入しました。やはりブログなんぞを書いていると、きれいな写真を早く披露したいですからね。

 小生が初めて購入したデジカメは、ミノルタのDiMAGE X20でした。プロフィール欄の写真(ティラノサウルスのレプリカ)は、それで撮ったものです。200万画素そこそこでしたが、小さい割には単三電池が使えるなど、重宝していました。しかし昨年の7月に紛失してしまい、このブログの写真は、2月に購入した携帯電話W41Hで撮影したものを使っていました。

 で、今回の購入にあたり重要視したのが、広角も写せることでした。小生が多く撮影するのは、富山、黒部篇のような風景や、建物です。しかし、たとえばヨーロッパの街の中心にある、小さな広場で建物を撮影しようとすると、35mm版換算で広角が35mm程度では、収まりが悪くストレスがたまります。
 現在出ているコンパクトカメラで、28mmをカバーしているものは2種類。リコーのCaplio R4と松下のLUMIX DMC-DX01です。単純にスペックだけ比較すると、光学ズームがR4は望遠側が200mmまでの7.1倍、DX01は102mmまでの3.6倍で、約2倍の開きがあります。しかしレンズ自体の明るさは、R4がF3.3〜4.8なのに対し、FX01が2.8〜F5.6と、広角側でかなり明るめになっています。ネット上でのレビューを検索してみると、R4は悪いカメラじゃないんだけど…、というニュアンスのコメントが多いのに対し、DX01は比較的高い評価のものが多いようでした。価格もそれほどの違いはありません。

 ということで、購入したのはDX01でした。いまのところこれといった不満はありません。今後もこのカメラを使った写真を掲載しますので、どうぞよろしくお願いします。
Fx01_07s
こちらの写真は、デジカメWatch、よりお借りしました

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2006年3月31日 (金)

ワンセグ

 以前にも書きましたが先月中旬に、3年使用した携帯電話A5303Hを、おなじauのW41Hに変更しました。Aua5303h_1Auw41h_2

左:A5303H
右:W41H
画像はどちらもデジタルARENAより

 この携帯電話は「1セグメント部分受信サービス」を受信することができます。この電話の発売が去年あるいはは来年ならば、この機能のついた端末を購入せずに、たとえば同じ仕様でワンセグ受信機能なしのW41CAを買っていたでしょう。しかし今年はワールドカップイヤーです。数千円の価格差ならばと、この端末にしました。

 ところでこのワンセグのサービス開始は4月1日からです。試験放送が流されているのは知っていましたが、それは番組によってしていたりしていなかったりだと思っていました。ところが一昨日試しに接続してみたところ‥‥‥全局垂れ流し状態ではありませんか!
 そこで昨日仕事帰りに、すでに後半が始まっていたサッカー日本代表のエクアドル戦を観ることにしました。

 ワンセグの画面にしてみると、画像は鮮明に見えます。選手の背番号は、引いた画像だと判別不可能ですが、抜いた画像でははっきりしています。ただ画面が2.7インチのため、スコアや所要時間表示の字幕が小さく、見づらく感じました。電波の直進性が高いため歩きながらだと、建物の影やそばに人が通ったときなどに、画像や音声が途切れる時があります。鉄道の高架部分での受信は充分可能ですが、さすがに地下では不可能です。大手定食屋で食事をしたときは、アンテナを立てた状態でも受信しにくい場所が多く、良い場所でも自動扉の開閉時には必ず一瞬映像が止まりました。そんなときに左サイドの三都主アレサンドロ(浦和)のクロスから佐藤寿人(広島)のゴールが決まったのですが、画面が液晶のためか、速い動きだと画像がにじみがちです。

 いろいろ書きましたが、上記の内容はすべて許容範囲だと思います。なお家に帰り、自宅のTVとワンセグとで同じ番組を点けてみたのですが、ワンセグのほうがおよそ5秒遅く進行していました。まちがってもワンセグの時報で時刻あわせはしないほうがよさそうです。

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2006年3月25日 (土)

取り除かれたわだかまり

 昔、ライオンズの本拠地が福岡であったことをご存知でしょうか。

 当時プロ野球に興味を持ちはじめたばかりの小生は、親の影響もありジャイアンツファンで、ライオンズは地元にあるパ・リーグの弱いチーム、という認識しかありませんでした。そのクラウンライターライオンズが西武鉄道に買い取られ、所沢に本拠地を移したのは1979(昭和54)年の10月でした。

 地元民にとってそれはとても残念な知らせでした。さらに田淵幸一、古沢憲司とひき換えに、柳川商業(当時)出の若菜嘉晴、真弓明信をはじめ、竹田和史、竹之内雅史を放出するに至って、小生の中に「ライオンズがライオンズでなくなるのは許せない、あのチームはライオンズを名乗る資格がない」という感情が生まれました。そのわだかまりはライオンズが強くなればなるほど、ますます強くなっていきました。結局その「アンチライオンズ」感情は森祇晶監督が退団し、西鉄ライオンズからの生え抜きの東尾修が、監督に就任するまで続きました。

 こんなことを書いたのも、小生がもうひとつ持ち続けていたわだかまりが、最近ようやく消え去ったからです。

 1985(昭和60)年といえば、タイガースが日本一になった年ですが、この年限りで小生はジャイアンツファンをやめるに至りました。その数年前からこの優遇されてる球団に嫌気がさしかけていたのですが、直接の原因は当時の王貞治監督の、ふがいない継投策にありました。

 1988(昭和63)年9月に福岡にホークスが移転しました。すでに小生は関西に居を移しており、さらに小生の「アンチライオンズ」的感情が、大阪のひとにも同様にあるのではと考えると、ホークスを贔屓する気にはなりませんでした。

 さらに1995(平成7)年に王貞治が監督に就任しましたが、小生には名監督でない元名選手が、球団の人気取りのために利用された、としか思えませんでした。しかし王監督は次第に実績を積み重ね、昨年までリーグ戦での首位5回という、すばらしい成績を残しました。

 そして今年3月、ワールドベースボールクラシックで日本チームを優勝に導きました。この結果と、選手と喜びあう映像をみるにつけ、小生のわだかまりはいつのまにか吹き飛んでいたのでした。

 いま『VS.』4月号を読んでいる最中ですが、王貞治に関わる記事が3編掲載されています。親族から見ると、親族以外に対する王貞治は、ジャイアンツの監督を辞めてから変わって、余裕が出てきたように見えるそうです。また孫正義ソフトバンク社長から世界一を目指せと言われ、意識が変わったと本人が語っています。王貞治ほどの人物でも、いまだに日々成長しているのですね。

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2006年3月16日 (木)

脳内の音楽

 頭の中で、突然音楽が鳴りだすことがあります。

 洋楽?は「ラデッキー行進曲」から「恋のマイアヒ」まで、邦楽は「あこがれのハワイ航路」から「めざせポケモンマスター」までジャンルを問いません。ただ親しみのある曲であることは確かです。

 ところで先日、仕事中に突然鳴りだした曲がありました。こちらです。

 haruさんの笑いにあふれたブログを日々チェックし、コメントの記入をくり返したばっかりに、ついに脳まで、この音楽に侵されてしまいました。
 小生も日々精進し、haruさんみたいな心あたたまるブログにしたいと考える次第です。

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2006年3月15日 (水)

Gatorade J.LEAGUE BE@RBRICK Collection

 帰宅途中、近所のスーパーにたち寄ると、メイン通路に面した飲料コーナーの棚に、ゲータレードが並べられていました。よく見るとおまけに何かがついています。ベアブリックというくまのフィギュアで、昨年J1に在籍していたクラブのユニフォームの色に塗られています。
追記:ちなみにこちら、クポさんのブログのほうが写真がきれいです。

 となると、当然すきなクラブのベアブリックがついたものを探したくなります。昨年の公正取引委員会の勧告で、見えない袋に入ったおまけは、運に左右されるので懸賞品になるとの見解がでたので、中身は見えるようになっています。やはり大阪という土地柄か、柏、新潟、大宮、東京V、大分などが多く残っているようで、以外に少ないのが浦和、千葉、FC東京でした。なかなか通ですね。
 ところで大阪の2クラブは、さすがになかなか見つかりません。まずセレッソを、身長175cm以上の人でないと取れないところで見つけ、ガンバを、腰をおろさないと目が届かない場所でようやく見つけました。その間の所要時間は約5分。後ろに警備員さんが通るのを気にかけながらの作業でした。あと横浜Mをあわせ、計3つをセルフかごに入れ、レジへとむかいました。ちなみにお値段はひとつ98円でした。

gatorade_j
 購入したのがこちらです。それぞれクラブの
代表選手が描かれた袋に入っています。
 
 
gatorade_jgatorade_j 開けてみたのがこちらです。選手と中身は関係ないと思っていたら、背番号がついていました。ちなみにガンバは#5(宮本)、セレッソは#8(森島)、横浜は#3(松田)でした。そこでなかよく遊ばせてみました。

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2006年3月14日 (火)

電車で化粧する女性

 ここ数年出勤途中の電車の中で、化粧する女性が増えています。新聞などで取りあげられる機会が少なくなったところを見ると、ニュースとしての価値もないほど普通になったのかも知れません。

 朝の貴重な時間を、男性よりも10分から数時間?早く起きて化粧をしなければならないのですから、女性は大変だとは思います。しかし「化けて粧(めか)す」作業ですから、願わくば他人の目に触れないところでしていただけたら、というのが小生の考えるところです。まあ目くじらを立てるほどではないと思いますが。

 昨日の朝出勤時に、シートに座って雑誌を読んでいました。外は真冬なみの気温のため、6人がけの座席は、着ぶくれした人たちでかなりぎゅうぎゅうな状態でした。とある駅でとなりの人が降り、替わりに女性がひとり腰かけました。彼女はすぐに化粧道具を鞄からとり出すと、鏡を見ながら口紅を塗りはじめました。

 そのとき小生は硬直せざるをえませんでした。問題なのは、彼女が小生の左側に座っているということです。口紅を塗るときは右腕を使います。もしそのとき小生が、雑誌のページをめくるために左腕を動かしたりしたら…。
 彼女の顔に赤いラインがひかれることは想像に難くないでしょう。逆恨みなどされては大変です。

 眉をはけで仕上げると、ちょうど下車駅についたようです。まるで時間を計ったように、彼女は降りていきました。アパレル関係に勤めていそうな装いの、きれいなお顔だちの女性でした。

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2006年3月13日 (月)

『ASAhIパソコン』休刊

 このあいだ本屋をのぞいたときに、コンピュータ関係の雑誌コーナーで、真っ赤な表紙の雑誌をみつけました。中央にはウィンドウがあり「はい(Y)いいえ(N)」ボタンの上に「終了しますが、本当によろしいですか」の質問。下の方には「はい(Y)」のほうに近づく矢印が…。

 かつて小生が'93年に初めてパソコンを買う前に、下調べのため購入していたのがASAhIパソコンでした。当時日本人が使うパソコンといえば、NECのキューハチことPC-9801でした。もちろんWindowsではなくMS-DOSで動きます。他にエプソンがNECの同仕様の製品をつくり、IBMと東芝、シャープ、富士通が独自のパソコンを出していました。そんなときに指南書となったのがこの雑誌です。
 当時一番の楽しみは「俵万智のハイテク日記」で、そのムダのない文章と、パソコンに対する初々しい行動が対照的でした。また毎年エイプリルフールに出版される4月15日号には、かならずウソの記事が掲載され、最初にだまされてからは、そのウソの記事を探すのが楽しみでもありました。回顧記事にもありましたが「モス・バーガーがMacのピザボックス型パソコンに対抗し、MOS-DOSで動くハンバーガー型のパソコンを発売する」という記事を読んだスポーツ紙の記者が、信じてモスに取材し、モスの担当者から抗議の電話があったそうです。

 結局小生はMS-DOSのややこしさに恐れをなしてMacintoshに走り、その後「アサパソ」を買うこともなくなりました。本誌にも書かれていましたが、パソコンが普及しすぎたために役目を終えた、というのが休刊の一番の理由なのかもしれません。今後新たにパソコン雑誌を出されるときも、解りやすさだけは失わないでいただきたいと思います。

 それにしても399号で休刊とは。「美学」なのでしょうか、それともよほど赤字だったのでしょうか?

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2006年3月11日 (土)

miniSDを買うハメに

 奈良に行った記事を8日と9日の2回にわけて書きましたが、実はわけざるを得なかったのです。
 お松明を見にいく際に、新しい携帯電話で撮影してみようとW41Hの説明書を見ると、撮影モードに「ケータイモード」と「PCモード」があることがわかりました。今まではケータイモードでしか撮ったことがありません。そこで夜のお松明の写真だけPCモードで撮影してきました。

 帰宅して、パソコンと携帯電話を付属のUSBケーブルでつなぎ、データを転送しようとしたところ、携帯電話のどこをいじっても送れる気配がありません。そこで説明書を読むと、miniSDに一度データを落としてからでないとケーブルでは転送できないことがわかりました。携帯電話のメールを使えばケータイモードの写真は送れるのですが、PCモードの写真は重すぎて転送できません。

 しかたがないのでケータイモードで撮影した昼間の写真のみ使ってブログにアップし、翌朝出勤前にビッ○カメラにたち寄り、miniSDを購入しました。SDとしても使用できるアダプタつきで松下製、2,980円でした。あ〜あ、出費だぁ!

 ところで説明書には、小生にとって悪魔のことばが書きこまれていました。「WindowsXP/2000以外のOSでの動作は、保証していません」auさんはMacに冷たいですね。LISMO!も使えないし。
 そこで石橋をたたくことにしました。写真データをminiSDに移し、SDのアダプタにセット。会社でプリンターのスロットにさし込んでパソコンに読みとらせ、メールで自宅に送信。これで任務は完了しました。

 で、先ほど試しにケーブルを使って自宅のiMac(まだG3です)につないでみました。説明書どおりの設定をするとしばらくしてiPhotoが立ちあがり、写真は無事転送されました。ただminiSDのデータを転送後に、携帯電話のデータを自動消去する設定にしたのですが、見事にデータは残ってしまいました。

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2006年1月23日 (月)

センター試験と騒音

 まずは受験生のみなさま、大学入試センター試験おつかれさまでした。今後二次試験も私立大の試験も控えているかと存じます。気を抜いたりすると小生のように、志望校から嫌われますのでお気をつけください。

 さて今回の試験からリスニング試験が導入されたということで、試験会場でもいろいろ対策に追われたと報道されていました。NHKのニュースによれば、東京工大では野生化したインコの泣き声がうるさいため窓を防音壁で覆ってしまったとか。

 そこで思い出したのが小生の受験のときです。といっても当時は「共通一次試験」と呼んでいました。そのころからこの試験は土、日曜の日程で行われていましたが、試験の初日があいにく、選挙の「最後のお願い」の日に当たっていたのです。それがまだ国政選挙や県知事選ならばましだったのですが、よりによって市議会議員選挙でした。
 候補たちが、党派を問わずとっかえひっかえ試験の妨害にやってくるのですからたまりません。試験終了後「候補者は全員落ちてしまえ!!、すくなくともここの候補者に教育を語る資格はない!」と考えたのはいうまでもありません。
 まあ候補者が全員落ちることはありえないのですが…。

 翌日、今日は騒音に悩まされることもないだろうと試験を受けていると、聞こえてきたのです。飛行機のプロペラ音とアナウンスが。

「本日は、市議会議員選挙の、投票日です。みなさんそろって、投票しましょう。本日は、市議会…」

小生が翌年も共通一次試験を受けることになったのは、そのせいだ!…と。思いたいのですが、違いますね。すみません。

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2006年1月12日 (木)

ふっか〜つ!!

 筆者の怠慢で去年の8月22日以来休眠状態でしたこのブログ、今回改めてこのタイトルで出直します。
 内容は雑誌「Number」「VS.」「サッカー批評」を読んでの感想が主となる予定ですので、皆さまなにとぞよろしくお願い申しあげます。

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