スポーツ

2007年10月 1日 (月)

阪神タイガースvs.広島東洋カープ

Koshien_stadium_entrance_2  阪神甲子園球場に行ってきました。10月から改修工事に入るため、この日、29日がタイガースのホーム最終戦です。阪神の駅改札口には、チケットが完売しているという張り紙がありました。
 久方ぶりの甲子園は、すでに工事に備えて、ツタならぬツタ柄の壁で覆われていました。場内もトイレが改修されたなど、小さな変化がありました。
 席は一塁側アルプススタンド、メイン通路から2段下で、周りのユニフォーム着用率は7割。大太鼓の音が小生の胃に響きわたる中、カープ贔屓の小生は、ひたすらおとなしくしておりました。

Koshien_landscape  先発は、阪神が福原忍、広島はルーキーの宮崎充登。周りの「福原は信用できない」という声の言霊が乗り移ったのか、福原は2回終了まで持たず4失点で降板してしまいました。広島のトップ東出輝裕が結果3安打2打点、2番アレックス・オチョアが2安打2打点、この2人にやられたようなものでした。対する宮崎は7回終了まで危なげないピッチング、8回にピンチを作って0封したまま降板し、結局自責点2を取られましたが、安心して見ていられました。
Baloons  7回裏にジェット風船を飛ばしたのが気圧に影響したのか、8回から小さな粒の雪ならぬ雨が舞い、ついに止むことがありませんでした。用意していたウィンドブレーカーを着用して観戦していましたが、ついに耐えられなくなり屋根のあるところへ避難、9回は液晶の画面で見ることとなりました。
 阪神ファンの心を慰めたのは、桜井広大のホームランでした。驚異の水はけを誇る甲子園でなければ、この一発は幻となったことでしょう。結果5−3で広島の勝利、スコア以上に広島の圧勝でした。

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2007年9月 3日 (月)

第11回IAAF世界陸上競技選手権大阪大会第6日目

M5000metresheats_2  長居スタジアムへ行ってきました。(写真は男子5000m予選)

 世界陸上第6日目、期間中この日しか休みが取れなかったので、前売り券発売最終日にA席(1万円)を押さえました。席は以前日本選手権を見た場所より、少し上のほうです。19時半開始の1時間以上前に行ったのですが、意外ににぎわっていてびっくりしました。
 場内では関連グッズや食べ物を販売していましたが、種類が少ないのにがっかりです。プログラムは2種類販売していて、全体のものと、当日のみのがありました。その当日版を購入、席へ向かいます。
 計算違いだったのは、男子走り幅跳び決勝が、席から遠いバックスタンド側で行われたことです。よりによってそれが、この日一番の接戦だったのですから。

 2回目の試技を終え8.30mのトップタイに立ったアービング・サラディノ(パナマ)は3回目で8.46mを飛び単独トップになります。ところが6回目、先に跳んだアンドリュー・ハウ(イタリア)が8.47mをマークしトップに、最後に跳ぶサラディノの結果を待ちます。
 プレッシャーのかかる中、サラディノの跳躍は遠目からでも大きなものに見え、近くの観客から大きなどよめきが起こります。彼自身も何度もジャンプして喜びを表現します。結果は8.57mの自己最高を出しての優勝でした。

M200metresfinaljpg_2 その直後に行われたのが男子200m決勝、100mを制していたたタイソン・ゲイが大会記録、19.76秒で優勝しました。モーリス・グリーン以来の2冠は、まったく危なげない勝利でした。

Sawanodaichi_2  日本勢の不信はこの日も続きました。自己ベスト記録の低い選手には、ベストを尽くしてほしいだけですが、男子棒高跳びで5.83mの記録を持つ澤野大地が5.55mを跳べず脱落。2,3回目の試技は、1分の持ちタイムの中で2回跳躍を試みましたが、離陸できたのは最後の1回だけで、それもバーの下をくぐってしまいました。
 日本人選手には、嵐のような声援がかけられるだけに、それがかえってプレッシャーになるのかもしれません。

Hurdle_2  観客数は満席の半分というところでしたが、意外な盛りあがりには驚きました。テレビの力かもしれません。帰りに「明日もみんなが行くならまた行きたい」という声が聞えてきました。会場内にもビジョンを増設したり、同時進行の競技をわかりやすく見せようとする工夫があり、日本選手権のときより見やすかったです。(写真はハードルを並べるボランティア)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月 6日 (金)

第91回日本陸上競技選手権大会第3日

 長居スタジアムに行ってきました。競技はサッカーではなく陸上競技、行くかどうかはわかりませんが、世界陸上の予行演習を兼ねて、日本選手権を観てきました。ちなみに小生は陸上競技を生で観るのは初めてです。 この日は最終日、すでに為末大(アジアパートナーシップファンド)、末續慎吾(ミズノトラッククラブ)室伏広治(ミズノトラッククラブ)あたりの超メジャー級の選手の種目は終わっていましたが、けっこう楽しめました。

 スタジアムに着いたときには、すでにメインスタンドのむかって左寄り、サッカー風にいえばアウェイ側寄りの座席は、トラック競技のゴールや走り幅跳びの砂場があるためすでにいっぱいでした。そこでメインスタンドのむかって右寄りに座ることにしました。ここだと走り高跳びを正面に観ることができます。
Discus_throw  男子円盤投げ、女子砲丸投げ、男子走り高跳びが始まっていましたが、まず小生の目に入ったのは選手ではなく、円盤投げの扇のあたりを行き来するラジコンの車でした。選手たちが円盤を投げるととともに扇の中に入り、係員が拾い上げた円盤を載せるとすぐに外に出て、扇の要の方向に運んでいきました。  砲丸投げの場合は扇が小さいためかハイテクは使わず、扇の外側に作られたといに、砲丸を転がしていました。

Women_long_jamp  やがて女子走り幅跳びが始まり、車イス1500mを皮切りにトラック競技が始まると、視線を動かすのが忙しくなり、とても円盤投げや砲丸投げまで見る余裕がなくなってきました。そんな中で印象に残った種目といえば、岩水嘉孝(トヨタ自動車)が大差をつけ優勝した男子3000m障害、池田久美子(スズキ)が不調ながらも貫録を見せた女子走り幅跳び(写真右)、A標準記録を持つ朝原宣治(大阪ガス)を差し置いて2連覇を達成した塚原直貴(東海大学)などがあげられます。しかし最もおもしろかったのが女子5000mでした。
Women_5000m  渋井陽子(三井住友海上)弘山晴美(資生堂)などマラソンでも知られた選手が参加したこの種目で、A標準記録保持者の福士加代子(ワコール)が、文字どおりスタートでつまずくハプニングがありましたが、そのとき先頭付近を走っていたワコール(濃いピンク色のユニフォーム)のチームメイト、湯田友美と野田頭美穂がペースを抑えアシストをします。すぐに最後部に追いついた福士は、しばらくすると中位に順位を上げ、やがてトップに立つと、最後は2位に約3秒の差をつけゴール。その強さを見せつけました。

 競技がすべて終わった後に、一部の表彰式が行われました。女子円盤投げでは、いかにも力があります、という体形の2、3位の選手にくらべ、優勝した室伏由佳(ミズノトラッククラブ)のスリムな体形に驚かされました。
 またいつでも明るい福士加代子ともうひとりの選手(おそらく渋井陽子)が、表彰のときにもらったぬいぐるみを観客にほうり投げてから、他の選手も表彰が終了するとみんな投げ入れるようになったのも、ほほえましく思えました。

| | コメント (0)

2007年5月23日 (水)

オリックスバファローズvs.広島東洋カープ

B_vsc  阪神タイガースが弱かったころ、甲子園の3塁側内野スタンドは憩いの場でした。すぐそばで投球練習をする、カープの控え投手を見ながら観戦し、7回表の攻撃が長びけば、ジェット風船が耐えられずに割れたり手から離れたりするのを見て笑っていられました。しかしタイガースは強くなり、甲子園の席はプラチナチケットと化し、贔屓のカープの試合を見る機会は減りました。
 思い起こすと沖縄で観た練習試合をのぞけば、前回プロ野球を観たのは、チケットが余ったからと誘われて行った、Kyocera_dome_osakaマリーンズが日本一を決めた甲子園での試合。ペナントレースとなると、たしかおととしの交流戦の、スカイマークスタジアムでの同一カードだったはずです。
 今年のカープは、おおかたの評論家の予想に反して、弱くはなさそう(この日まで借金1)なので、期待して観に行ってきました。

Pinch  で、疲れて帰ってきました。ゲーム時間は5時間4分、終了は23時を過ぎていました。延長12回を戦い、スコアは7−7。青木高広が踏んばり、林昌樹が抑えたあとのOver_eleven_oclock梅津智弘、永川勝浩が乱調で、8、9回に2点ずつを取られ追いつかれました。しかしサヨナラ負けでもおかしくなかった展開をビクトル・マルテ、広池浩司、横山竜士でなんとか抑え、引き分けで済ますことができました。
 実は以前にも大阪ドームで23時を越えるゲームを観たことがあります。小生がいままで観たプロ野球の試合は30くらいなので、やっぱり多いですね。かつ てゴールデンゴールがあったころのJリーグの試合でも、初めて観た'93年前期の万博でのマリノス戦をはじめ、延長に入ることが多かったことを思うと、こ れって体質かもしれません。

 ゲーム内容は残念でしたが、他に楽しめたこともありました。
 まずバファローズの先発メンバー。ローズ、北川博敏、的山哲也、そして吉井理人と、往年の近鉄のメンバーが健在でした。吉井は3回でノックアウトをくらってしまいましたが。
 またバファローズファンの応援が、旧ブルーウェーブ色一色だと思っていたところ、ワッショイワッショイで始まるタオルマフラーでの応援が健在だったのも、嬉しい限りでした。
Matador_slyly  そして両チームのマスコットの共演です。赤チーム対猛牛ということで、スラィリーが赤い布をひらひらさせてネッピー相手に闘牛士を演じていたのには笑えました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月27日 (金)

沖縄めぐり(5) 練習試合 中日ドラゴンズvs.三星ライオンズ

 沖縄での3日目、気力と体力があれば山原の自然に触れたいところですが、未だに疲れがとれません。きょうの行き先は那覇から遠くないところにします。
 ちょうどこのときはプロスポーツのキャンプシーズン。なぜかサッカーの球団は沖縄を避け宮崎に集まり、野球でもわが広島東洋カープは数日前に日南に移動しています。そこでいくつかのキャンプ地の中から、北谷(ちゃたん)の中日キャンプを見に行ってきました。

Starbucs_chatan  那覇バスターミナルを発ったバスは、国際通りを通り、国道58号線を北上しおよそ30分、軍病院前のバス停で降ります。東側は米軍のキャンプ桑江のグラウンドで、こどもたちがサッカーの練習をしていました。まずは美浜の交差点にあるスターバックスでラテを購入、来店中の客の8割がアメリカ人で、ここが基地の街であることが実感できます。
Asakurayoshimi  そのラテを抱えて西側の北谷公園へ、公園の最も西には風力発電の風車が1基据えられ、その手前に陸上競技場と球場がありました。さらにその手前にサブの球場があり、浅倉健太、吉見一起、中田賢一といった主力投手が守備練習を行っていました。最近は小生の贔屓チームが弱いので、Tanishige年々プロ野球への興味を失っている小生です。選手が顔ではなかなか判断できず、球場前に置いてあった選手一覧と背番号が頼りです。それゆえ捕手のポジションに谷繁元信の姿を見たときにはほっとしてしまいました。

Practice_of_the_pichers  球場の掲示によると、今日は午後から恩納でキャンプをはっている韓国チャンピオン、三星ライオンズとの練習試合があるとのこと。守備練習も終わったので、球場北側のジャスコでうどんを食べ、アメリカンビレッジを駆け足で廻ります。ミリタリーグッズなど、なかなか大阪では見られない商品がたくさん陳列されていました。そろそろ試合開始時間が近づいたので、球場に戻ります。

Chatan_park_baseball_stadiumjpg 三星ライオンズは、かつて中日に在籍していた宣銅烈(ソン・ドンヨル)が監督をしている関係で、恩納(おんな)でキャンプをはり、こうして中日と練習試合をします。1回裏が始まる前に、3塁コーチャーズボックスにむかう音重鎮コーチが、3塁ベンチに挨拶する光景も見られました。
Lions_vs_dragons  三星は背番号から察するに主力級が先発、対する中日は一軍に手が届くか届かないかくらいの選手が出ているようです。内野スタンドの観客は老若男女とりまぜて1,000人近く入っているようですが、恐らくめあてはかつての中日の投手、堂上照の息子、堂上直倫でしょう。このゲームでも2塁打を含む2安打の活躍でした。
 ゲーム自体は、3回以降三星のリリーフ陣が中日打線を零封し、ほとんど主力のいない中日投手陣は4点を取られ、結果2−4で三星の勝利に終わりました。ただ両チームの投手陣でひとり格の違いを見せつけたのが9回のマウンドに立った中里篤史で、おそらく150km/h近い球で三星打線を手玉にとっていました。

Araha_beach_1  ゲームが終了後、球場では打撃練習が行われました。ただスタンドに腰かけているだけでしたが、仕事の疲れをひきずっている身にはこたえました。球場を後にし、川を隔てた南側のアラハビーチを歩いた後、那覇の国際通りでみやげを買い、おとなしくホテルへ帰りました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月28日 (火)

関西学院大学vs.立命館大学(関西学生アメリカンフットボールDiv.1最終節)

 アメリカンフットボールを見にいってきました。Kobe_universiade

 小雨まじりの天気の中、神戸ユニバーシアード記念競技場には、それでも多くの観客が詰めかけていました。関西学生アメリカンフットボールDiv.1も最終節をむかえ、このゲームで勝ったほうが優勝、関東代表と甲子園ボウルで対戦します。
 かつて関西を常に制覇していた関西学院大学ファイターズも、ここ5年間は立命館大学パンサーズに4連敗中。昨年初めて甲子園ボウル出場経験のない卒業生を出してしまいました。対する立命館は昨年、接戦を制して甲子園ボウルに出場したものの、すでにぬけ殻状態で法政大学に敗れてしまいました。その雪辱を期しているはずです。
 両校の攻撃面を見ると、どちらもパスを主とする作戦を採用していますが、ここまでのパス獲得ヤードは関学1153に対し、立命は1638。ラン獲得ヤードは関学1177対立命897。つまり関学はよりラン攻撃が得意で、立命はよりパス攻撃が得意という結果が出ています。今日は雨模様、ということはボールを抱えて走るラン攻撃のほうが、ボールを取りにくいパス攻撃より有利といえます。もしかして関学が優勢なのかな、と考えていました。

 エールの交換が終わり、関学のレシーブで試合開始。雨でボールが手につかないのか、両チームともキャッチングやパスの精度が不正確です。しかし確実にパス攻撃を続けてきた立命が、第1クォーター2シリーズ目の攻撃で、思いの他あっけなくタッチダウン&ゴールを決めます。対する関学も、第2クォーターに入ってすぐ、タッチダウン&ゴールを決め7−7。今まで数々の熱戦を繰りひろげてきたカードらしくなってきました。
 ところが第2クォーター後半です。関学のディフェンス陣の健闘で、自陣から抜け出せなかった立命オフェンス陣が、第4ダウンをむかえてパントで陣地回復を図ろうとしたときです。これも雨でよけいな力が入ったのか、センターから出されたボールが、パンターたちのはるか上を放物線を描き、自陣のエンドゾーンに入っていきました。このセイフティ(自殺点)で関学が9−7とリードし、そのまま前半を終わりました。

 ハーフタイムではそれぞれのチアリーダーの演技がありました。先に関学ドルフィンズ、後で立命ピーウィーズです。雨のため、人が高く持ちあげられると、こちらまで心配してしまいます。案の定、立命の1人が、高く持ちあげられたところでバランスをくずし。地面にころがってしまいました。はたして大丈夫でしょうか?

 後半、うまい試合運びをしたのは関学でした。対して立命は攻撃になっても、なかなか第1ダウンが取れません。そうこうしているうちに第4クォーターの始めに、関学がタッチダウンを決め突き放し、立命は絶体絶命。最後にねばりを見せてタッチダウンを返しましたが、うまく時計を進められタイムアップ。関学が16−14で勝利しました。

 リーグの優勝杯を受け取ったのは、虫垂炎の手術を終えて退院間もない、関学キャプテンの柏木でした。場内から暖かい拍手が贈られていました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 3日 (金)

モータースポーツの話題

 F1はフェルナンド・アロンソ(スペイン/ルノー)の2連覇で終了。来シーズン、フェラーリではミハエル・シューマッハーに代わってキミ・ライコネン(イギリス)が走ります。
 今のライコネンを見ると、フェラーリでなかなか勝てなかったころのM・シューマッハーを思いだします。選手の技術に車体(エンジン?)がついていけていないのでは?と思ってしまいます。マクラーレンからフェラーリに乗り換えて彼がどんな走りをするか、今から楽しみです。対するアロンソはマクラーレンでライコネンの後釜に座ります。チームの格ではマクラーレン>ルノーでしょうが、移籍しなければよかった、ってことにならなければよいのですが。

 F1は2連覇ですが、WRCは第14戦ラリー・オーストラリアを終了し、2戦を残してセバスチャン・ローブが3連覇。しかも本人は骨折のため、レースに参加せず自宅療養中、というぶっちぎりでした。今年の参戦は車こそシトロエンでしたが、クロノス・トタル・シトロエンというプライベートチームだっただけに、いっそう価値があります。
 ただコンストラクターズはこの時点でフォードに移っています。ローブが復帰後のこり2戦で、どこまで差を詰められるかも注目ですね。
 この大会でスバルのペタ・ソルベルグが、第6戦アルゼンチン以来久しぶりの表彰台に立ちました。ピレリタイヤのせい?か、なかなか調子のでなかった彼ですが、この結果は、タイヤがワンメイクになる来年につながりますね。

 そしてMotoGP、こちらはニッキー・ヘイデン(アメリカ/レプソル・ホンダ)が初優勝。ヴァレンティーノ・ロッシ(イタリア/キャメル・ヤマハ))の6連覇の夢を阻みました。おそらくロッシはこのままでは終わらないでしょう。彼が本当にF1のフェラーリに移籍する気があるのか?ということも含めて、彼には引き続き注目です。もしF1でチャンピオンになったりしたら、ジョン・サーティース以来2人目の、2輪と4輪の世界選手権覇者になるのですから。
 ここには玉田誠(コニカミノルタ)中野真矢(カワサキレーシング)という、優勝候補の日本人もいますから、こちらも来年楽しみです。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年10月31日 (火)

フィギュアスケートの話題

 近ごろのスポーツについていくつか思ったことを書きます。

 【ハートフォード(米コネティカット州)27日共同】フィギュアスケートのGPシリーズ第1戦、スケートアメリカ第2日は27日、シビックセンターで行われ、男子はSP首位の織田信成(関大)がフリー2位で初優勝した。
 【ロサンゼルス28日AFP=時事】米コネティカット州ハートフォードで28日、フィギュアスケートの今季グランプリ(GP)シリーズ第1戦、スケートアメリカの最終日が行われ、ショートプログラム(SP)2位の安藤美姫(18=トヨタ自動車)が、自由演技で浅田真央(16=中京大中京高)を逆転して優勝した。

 男子では織田信成が優勝。映像を見られなかったのが残念ですが、滑走後ガッツポーズをする、昨年のNHK杯の、ショートプログラムでの様子が目に浮かんできます。
 女子では4回転サルコウを封印して臨んだ安藤美姫が優勝。こちらも映像を見ていないのですが、昨シーズンが彼女にとって悲惨な年だっただけに、非常に嬉しいニュースでした。
 ショートプログラムでトップに立ったばかりにプレッシャーに苦しんだ浅田真央は、4位に沈みました。金妍兒(キム・ユナ)に敗れた3月の世界ジュニア選手権のときといい、プレッシャーの克服は今後の彼女の課題ですね。何といってもまだ16歳、気長に取り組んでほしいものです。
 それにしても安藤選手がトリノ五輪代表が決まったとき(明治製菓のおかげだとか)、その競技が終わったとき(15位)のマスコミの態度を思えば、まさに手のひらを返したようですね。逆に浅田兄弟(姉の浅田舞は6位)への反応には「ちょっと冷たいんじゃないの」とひと言いたくなります。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年4月 2日 (日)

ダイヤモンド・アイス 2006

 なみはやドームに行ってきました。
 催しは「KTV ダイヤモンド・アイス 2006 〜日本代表フィギュアスケートエキシビション〜」です。

 はじめてフィギュアスケートを見に行ったのが昨年12月のNHK杯で、村主章枝(avex)のフリーの演技に魅了されてしまいました。そこでこの催しの早期予約に申し込み、チケットを入手したのが2月14日、荒川静香(プリンスホテル)の金メダル獲得が24日。結果、非常に価値のあるチケットになりました。

 地下鉄で門真南に着いたのが2時半前でした。改札をぬけエスカレータの列に加わり地上に上がりかけたとき、誘導係員の大きな声が聞こえました。「立ち止まらないでください。こちらにお回りください」
 しかしその誘導を耳にした客はきょとんとして動きを止めています。それがエスカレータの下り口を塞ぎかけ、非常に危険な状態でした。止まるなと言ってるひとが流れを止めてどうするのでしょうか。しかも見たところ、地下鉄出口の誘導係員は2人しかいなかったのです。
 入口が混雑しているらしく、列が150メートルくらいできています。そこは屋根のないところでした。「雨が降っていないからいいけど、これで雨が降ってたらお客さん大荒れだな」などと考えていると、突然雷の大音響とともに大粒の雨が激しく降りだしました。
 豪雨の中、列は少しずつ前へ進み、ようやく入口のひさし近くまでやってきました。そこで係員がいきなり「雨がよけられるよう広がってお入りください」などと叫ぶものだから、二つしかない入口の外は大混乱でした。この状況でけが人がでなかったのが不思議でした。
 入口で配付されたのは、関西テレビの宣伝用トートバッグとDoCoMoの冊子で、NHK杯のときロビーに置かれていた滑走順表は、客席の入口ちかくに1枚貼ってあっただけでした。さらに終了時に、入口近くの座席から順に出るように言っておきながら、一番奥のブロックに出てよいと放送した3分後には、清掃作業にかかるので、と係員が追い出しにかかるのです。
 日本スケート連盟様、イベンターを替えたほうがいいですよ。

Namihaya_dome_confusion混乱するなみはやドーム入口
こういう場所で写真を撮ってはいけないことは百も
承知ですが抗議の意味をこめて1枚撮影しました
結局開園は15分遅れました

 さて前置きが長くなりましたが、選手たちの演技はたいへんすばらしいものでした。
 スケートのプログラムは2部構成、1部はジュニアクラスとアイスダンスひと組でした。驚いたのが、ジュニアの国際大会で活躍している選手がかなり多いことで、フィギュアスケートの強化策が功を奏しているのを感じました。特に目をひいたのが武田奈也(日本橋女学館高)で、長い手足を生かした大きな演技と(素人目には)ミスのないジャンプがすばらしかったです。そしてジュニアの最後を飾ったのが浅田真央(中京大学中京高)で、オーバー・ザ・レインボーの曲に乗って滑る青いコスチュームの少女は観客を魅了していました。

 シニアが滑る2部は、安藤美姫が中京大学の入学式出席でお休みでした。
 NHK杯のときに選手の演技を見ていて、ジャンプは見た目よりもはるかに難しく失敗して当たり前、と学習したのですが、採点が無関係のエキシビションの場合、ジャンプに失敗するシニアの選手がほとんどいなかったのも驚きでした。やっぱり競技とエキシビションは別物なのですね。

 最後の2組が村主章枝と荒川静香でしたが、この2人は他のシニアの選手とは別格に思えました。どちらもオリンピックのエキシビションとおなじ曲を滑っていましたが、村主の高速スピンを交えた緩急のある滑りと、荒川の優雅で動きの大きな演技は、観客の視線を釘づけにしていました。どちらの選手も、きっとジャンプを飛ばなくても大きな拍手をもらえたでしょう。荒川はイナバウアで今日最高の拍手をもらっていましたが、小生には村主の演技のほうがすばらしく思えました。これはひいき目かな?

 最後に日本スケート協会様。このようなイベントをぜひたくさん開いてください。今ならお金を稼げます。その費用をぜひ選手強化に有効に使っていただきたく存じます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月25日 (土)

取り除かれたわだかまり

 昔、ライオンズの本拠地が福岡であったことをご存知でしょうか。

 当時プロ野球に興味を持ちはじめたばかりの小生は、親の影響もありジャイアンツファンで、ライオンズは地元にあるパ・リーグの弱いチーム、という認識しかありませんでした。そのクラウンライターライオンズが西武鉄道に買い取られ、所沢に本拠地を移したのは1979(昭和54)年の10月でした。

 地元民にとってそれはとても残念な知らせでした。さらに田淵幸一、古沢憲司とひき換えに、柳川商業(当時)出の若菜嘉晴、真弓明信をはじめ、竹田和史、竹之内雅史を放出するに至って、小生の中に「ライオンズがライオンズでなくなるのは許せない、あのチームはライオンズを名乗る資格がない」という感情が生まれました。そのわだかまりはライオンズが強くなればなるほど、ますます強くなっていきました。結局その「アンチライオンズ」感情は森祇晶監督が退団し、西鉄ライオンズからの生え抜きの東尾修が、監督に就任するまで続きました。

 こんなことを書いたのも、小生がもうひとつ持ち続けていたわだかまりが、最近ようやく消え去ったからです。

 1985(昭和60)年といえば、タイガースが日本一になった年ですが、この年限りで小生はジャイアンツファンをやめるに至りました。その数年前からこの優遇されてる球団に嫌気がさしかけていたのですが、直接の原因は当時の王貞治監督の、ふがいない継投策にありました。

 1988(昭和63)年9月に福岡にホークスが移転しました。すでに小生は関西に居を移しており、さらに小生の「アンチライオンズ」的感情が、大阪のひとにも同様にあるのではと考えると、ホークスを贔屓する気にはなりませんでした。

 さらに1995(平成7)年に王貞治が監督に就任しましたが、小生には名監督でない元名選手が、球団の人気取りのために利用された、としか思えませんでした。しかし王監督は次第に実績を積み重ね、昨年までリーグ戦での首位5回という、すばらしい成績を残しました。

 そして今年3月、ワールドベースボールクラシックで日本チームを優勝に導きました。この結果と、選手と喜びあう映像をみるにつけ、小生のわだかまりはいつのまにか吹き飛んでいたのでした。

 いま『VS.』4月号を読んでいる最中ですが、王貞治に関わる記事が3編掲載されています。親族から見ると、親族以外に対する王貞治は、ジャイアンツの監督を辞めてから変わって、余裕が出てきたように見えるそうです。また孫正義ソフトバンク社長から世界一を目指せと言われ、意識が変わったと本人が語っています。王貞治ほどの人物でも、いまだに日々成長しているのですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年3月 2日 (木)

トリノオリンピックを振りかえる

 トリノオリンピックが終わりました。期間中映像で見た種目を小生なりに振りかえってみたいと思います。

●世界部門・殊勲賞:スノーボード男子ハーフパイプ
 以前にも書きましたが、横綱相撲とはこのことでしょう。ショーン・ホワイト(米)の圧勝でした。
決勝の1回目で圧倒的な得点をたたき出し、後続の選手にプレッシャーをかけ、そのまま優勝しました。大本命の圧勝での金メダル獲得は、称賛に値します。

●世界部門・敢闘賞:スノーボード男子パラレル大回転
 この競技は2名の一騎打ちで行われるのですが、それぞれ準決勝で勝ち残ったのがショッホの姓をもつ兄弟、シモンとフィリップ(スイス)でした。弟のフィリップは4年前の金メダリストで今期W杯2位、対する兄シモンは4年前は25位ながら今期W杯首位。結局弟の五輪2連覇に終わりましたが、喜びあう兄弟の姿が印象的でした。兄弟での金銀独占は、サラエボ五輪アルペンスキー男子回転でのフィル・メーアとスティーブ・メーア(米)以来だそうです。

●世界部門・残念賞:スノーボード女子スノーボードクロス
 決勝に残った4人のうち優勝候補は、Xゲームで昨年優勝のリンゼイ・ジャコベリス(米)と今年優勝のメール・リカー(加)でした。しかしリカーが転倒し、ジャコベリスが独走。ゴールからあと25メートルのジャンプ台でボードをつかむパフォーマンスを試みたところ転倒し、あわてて起きあがったところで後続のターニャ・フリーデン(スイス)に抜かれてしまいました。銀メダルに沈んだジャコベリスの大泣きは忘れられません。

●日本部門・殊勲賞:フィギュアスケート女子シングル
 今年の全米選手権優勝者サーシャ・コーエンと、欧州選手権優勝者イリーナ・スルツカヤ(露)を差し置いて、金メダルを獲得したのは一昨年の世界選手権覇者、荒川静香(プリンスホテル)でした。フリースケーティングが始まるときから神々しく見えたのは小生だけでしょうか。直前の選曲やプログラムの変更もみごとに当たりました。24歳での金メダル獲得はこの種目最年長だそうです。

●日本部門・技能賞:カーリング女子
 氷面を読み、ストーンを思いどおりの場所に止める。日本代表「チーム青森」の、特に3敗してからのカナダ戦や英国戦での、スキップの小野寺歩(青森市文化スポーツ振興公社)をはじめとする選手のストーンコントロールには感動させられました。

●日本部門・敢闘賞:スキーアルペン男子回転
 猪谷千春以来50年ぶりの入賞。4位の皆川賢太郎(アルビレックス新潟)と7位の湯浅直樹(北海道東海大)の成績は、アルペンが得意ではなかった日本人に希望を与えてくれました。

 日本人のメダル獲得数は、結局金が1枚のみでした。しかし前回ソルトレイクシティでは、枚数は2枚ですが金メダルはありませんでした。トリノオリンピックは「不振」だったのでしょうか?

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年2月13日 (月)

トリノオリンピックの楽しみかた

 オリンピックが始まって4日目を迎えました。ここまでメダルがない、不振だ、などとマスコミでも報道されていますが、ちょっと待ってほしいのです。

 冬季五輪の場合、スキーやスケート種目など個人種目が多い、フィギュアスケートやフリースタイルスキーなど採点競技が多い、ノルディックやアルペンなどのスキー競技のように屋外で自然に左右される競技が多い、といった特徴があります。ですから個々人の才能や技術だけではなく、精神状態や環境、つまりひとことで言ってしまえば「運」に極めて左右されやすいと言えるでしょう。だから実力どおりの結果が出るとは限らないのです。8年前、里谷多英の金メダルを予想した人が何人いたでしょう?それだけに、本命が優勝するということはすごいことなのです。
 ところが日本での報道は、開幕前の雑誌の見出しを拾えば日本人のことばかり、開幕すればTVのハイライトでは「前畑がんばれ※」の伝統にしたがって日本選手のことばかり。オリンピックに参加している8割ぐらいは日本人であるかのようです。小生は連想してしまいます。海外で死亡事故や災害があったときのニュースの決まり文句「なお日本人は含まれていない模様です」を。
 もちろん我々が日本人である以上、日本人選手を応援したくなるのは当然のことです。精いっぱい応援すればいい。しかし、舞台は4年に一度の世界一を決める舞台です。もっと世界レベルの選手の世界レベルの技術やふるまいにスポットを当ててもよいのではないでしょうか。

 3年半前を思いだしてください。W杯サッカーで我々を感動させたのは、日本代表の試合だけだったでしょうか?小生は、韓国は蔚山での準々決勝、ドイツ対アメリカを観に行きましたが、あまりに空席が多いので近郊の高校生を招待していました。日本でそんなことありましたか?小生は聞いたことがありません。
 そう、我々も知っているはずなのです。日本人のいない競技観戦の楽しみかたを。

 3日目、日本人不出場のアルペンスキー男子滑降では、10番手スタートで首位に立ったW杯滑降首位のミヒャエル・ワルヒホファー(オーストリア)を、他の有力選手がなかなか抜けない中、不利な30番手スタートのアントワヌ・ドヌリアズ(フランス)が抜き、優勝しました。また日本人が決勝に残れなかったスノーボード男子ハーフパイプ決勝では、優勝候補のショーン・ホワイト(アメリカ)が1回目の滑走で50点満点中46.8点をたたき出し、その後や2回目を滑る選手たちにプレッシャーをかけて優勝を決めました。伏兵の大逆転も本命の横綱相撲も、感動させるのに充分でした。

 今後、米スポーツイラストレイテッド誌の予想どおり、日本は銅メダル2枚しか獲得できないかもしれませんし、メダルなしに終わるかもしれません。それでも楽しみませんか?トップレベルのウィンタースポーツを。

※前畑がんばれ:前畑秀子選手が金メダルを取った1936年ベルリン
        オリンピックの水泳女子200メートル決勝の中継で
        NHKの河西三省アナウンサーが繰りかえし絶叫した
        ことば。

| | コメント (0) | トラックバック (2)