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2006年10月 9日 (月)

湖東三山めぐり(中)湖東三山

 駅に戻り多賀線に乗り、高宮で30分近く待ちあわせ、新幹線が左窓に近づくと次は尼子です。出雲尼子氏発祥の地だそうですが、ここから湖東三山へのシャトルバスが出ています。バスはご開帳アクセスきっぷを持ったひとで満席になりました。まずは一番近くの西明寺をめざします。

Saimyoji_sando 龍應山西明寺は平安時代の始めの承和元年(834年)、仁明天皇の勅願により、三修上人が建立しました。山門をくぐり受付で拝観料を支払い、名神高速をまたぎ、石段をひたすら上ります。最後の急な石段を上り、二天門をくぐると、正面に本堂、右に三重塔がありました。どちらも国宝に指定されていますが、まずは右の三重塔を間近に見にいきます。

Saimyoji_sanjunoto 三重塔は高さ23.7m、鎌倉時代後期に造られたそうです。檜皮葺きの屋根は、上層が下層とくらべあまり小さくなっていないため、重量感がありました。釘を使っていないそうですが、その軒下の組み物はみごとで、しばし見とれてしまいました。

Saimyoji_hondo そして本堂です。こちらは鎌倉時代前期に造られたそうです。靴を脱ぎ、左側面から外陣に入ります。中ではお寺のかたが解説をされていました。
 内陣には周りに、十二支をそれぞれ頭上に頂いた十二神将が、その内側に脇侍(わきじorきょうじ・ご本尊の両脇に安置される仏像)の日光菩薩、月光(がっこう)菩薩が、そして中央のお厨子の中に、ご住職一代で一回限り、51年ぶりに開帳されたご本尊がお祀りされていました。

 ご本尊は薬師瑠璃光如来立像で、左手に薬壺をお持ちです。三修上人が刻んだと伝えられる赤松の一木造りで、11頭身の均整のとれたお姿、威厳のある表情をされています。そしてなによりも見事なのが、通肩(両肩にかかる衣の着かた)で召された衣のドレープです。逆アーチ型をしたひだの、ひとつひとつが違った厚みになっており、写実的です。この日お参りした仏さまの中で、最も印象に残りました。 

 名勝の庭園を見たあと、次のシャトルバスで金剛輪寺へむかいます。

Kongorinji_sando 松峰山金剛輪寺は天平13年(741年)聖武天皇の勅願により、行基上人により建立された古刹です。こちらも西明寺同様、参道は長く急で、年配のかたはさぞかし大変だろうと感じました。しかしそのおかげで、織田信長の焼き打ちから本堂が守られたのですから、逆に感謝しなければならぬのかもしれません。参道の途中からは、両側に千体地蔵が祀られ、華の代わりに風車が供えられていました。最後の急な石段を上り、大きなわらじが飾られた二天門をくぐると、正面に本堂が、左の丘上に三重塔がありました。

 三重塔の屋根は檜皮葺きで、周りは楓の木に囲まれ、間近に寄らないかぎり全体を見ることはできません。こちらも三層目の屋根が大きく、重量感、圧迫感があります。一層目の内陣が開け放たれ、中には大日如来が安置されていました。その上の織上小組格天井が新しいので、不思議に思っていたのですが、32年前に大改修を受けているそうです。

Kongorinji_hondo そして国宝の本堂へ。鎌倉時代、元寇の際に祈祷したところ勝利したため、その霊験に感謝して建てられた和様の建物で、屋根は檜皮で葺かれています。左側から靴を脱いで外陣へ入ります。中ではご住職によるご説明がありました。
 ご本尊は聖観音。カヤの木の一木造りで、6年ぶりの公開です。行基上人がこの像を刻んでいたところ、像の腰のあたりから血を流したことから刻むのを止めてお祀りしたそうで、この故事から、生身の観音様として信仰を集めました。円空仏のような素朴な表情をたたえられ、ノミの跡が荒々しく残されていました。

Kongorinji_teien 帰りに名勝の庭園に立ち寄りました。池の上に建てられた茶室、水雲閣や、船形の石、灯籠などが、楓などの緑に囲まれ見事でした。

 茶屋でそばを戴いたあと、シャトルバスで百済寺(ひゃくさいじ)へむかいました。

Hyakusaiji_niomon 釈迦山百済寺は今から1,400年前の推古14年(606年)、その名のとおり百済からの渡来人のために、聖徳太子により創建されたと伝えられています。平安時代の末には大寺院となりましたが、2度の大火と信長の焼き打ちにより、現在の規模になったそうです。巨刹だったころの名残が、参道の石垣などに残されています。
Hyakusaiji_hondo 参道は今までの2ヶ寺と比べると短く、わらじが掛けられた仁王門をくぐった正面に見える、石垣の上に本堂がありました。靴を脱ぎ正面から中に入ると、ご住職が説明をされていました。

 ご本尊は十一面観世音菩薩立像。西明寺と同じく住職一代に一回限り、55年ぶりのご開帳です。「植木の観音」と呼ばれているのは、創建当初のご本尊が、聖徳太子により立ち木のまま刻まれたという故事によります。現在のご本尊も木造で、藤原時代の作とされています。
 秘仏であったため、まだお体に塗られた金色が残されています。高さ3.2mの巨像ですが、外陣からはその足下は拝することができません。お顔立ちはふくよかで、童顔の相撲取りのようです。その頭上には10の顔の一部を、はっきりと伺うことができます。手は長く、左手に持たれた水瓶はひときわ大きなものでした。
 両脇に安置された如意輪観音、聖観音の二体の座像は丸いお顔立ちで、優しい表情をたたえられていました。頭部の宝冠など、飾り物も見事でした。

Hyakusaiji_teien 本堂左側の鐘楼で鐘を突き、音色を楽しんだあと、本坊喜見院の庭園に寄りました。四角い飛び石のある池を渡り、築山の上に登ると、遠く琵琶湖方面を見渡すことができました。

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